第3話 グレーテル

「……痛い、お願いだから止めて」

「うるせー! お前は魔女だって父さんと母さんが噂してたぞ!」

「魔女はさっさと町から出ていけ!」


 街外れの河原で若い女性が子供たちに集中的に石を投げられていた。顔を庇う腕にはすでに何個もあざが出来ている。女性の名前はグレーテル、連続殺人の容疑者と噂され、一部では魔女と侮蔑ぶべつされている。


 子供は大人の態度を真似る。自制心が育ちきっていない分、その行いはより残酷だ。子供達は無抵抗のグレーテルに対して良心を傷めず、嬉々として石を投げ続けている。


「おら!」


 体の大きな少年が拳台の石を掴み、グレーテルの頭目掛けて容赦なく投擲とうてきした。子供の力とはいえ、あのサイズの石が直撃すれば無事ではすまない。


「無邪気と狂気は紙一重だな」


 咄嗟に間に入ったダミアンが乱時雨みだれしぐれの柄で石を突き、石は粉々に砕け散った。


「そんなに石遊びが好きならここからは私が的になろう。的が大きい分当てやすくて面白いぞ」


 突然現れた長身のダミアンを前に子供達は完全に委縮していた。あまりにも淡々とした言動もまた、子供達にとっては恐怖の対象だ。


「飽きたのならさっさと家に帰れ」


 ダミアンが軽く地面を鞘で突いた瞬間、子供達は一目散に河原から逃げ出した。これでしばらくは、グレーテルにちょっかいを出そうとは思うまい。


「呆れたものだな」


 侮蔑するようにダミアンは吐き捨てた。遠目に大人達の視線が注がれていることは分かっていた。中には子供たちの保護者もいたことだろう。一部始終を目撃していたにも関わらず、誰一人として子供達の行為を咎めることをしなかった。子供の悪戯なら許されるだろうと放任していた節だってある。町長の説明以上にグレーテルを取り巻く環境は劣悪なようだ。


「……助けて頂きありがとうございま――」

「おっと」


 立ち上がりダミアンにお礼を言おうとした瞬間、グレーテルはバランスを崩したが、ダミアンが咄嗟に腰に手を回したことで転倒せずに済んだ。


 よく見ると足首が腫れている。石をぶつけられた際にバランスを崩し、捻ってしまったのだろう。


「ありがとうございます。二度も助けられてしまいましたね」


 頭を下げたグレーテルの金髪が絹糸のように流れる。澄んだ青眼と色白な肌が印象的で、その美貌は絶世の美女と評しても過言ではない。一方で病弱な体つきは細く、真新しい痣があまりに痛々しい。

 

「礼には及ばない。ちょうど君を捜していたところだ」

「私を? あなたは一体?」

「旅の剣士ダミアンだ。この後少し話せるだろうか?」

「私は構いません。助けて頂いたお礼もしたいので、是非私のお家にいらしてください」

「そういうことならお言葉に甘えさせてもらおう」

「きゃっ!」


 ダミアンはグレーテルの腰に手を回したまま、お姫様抱っこの形で華奢な体を持ち上げた。突然の出来事にグレーテルは赤面し、開いた口がふさがらない。


「あの、これはどういう?」

「その足では歩くのは辛いだろう。私が抱えていくから家まで案内してくれ」

「えっ、あ、はい」


 下心を感じさせない淡々とした口調を前に、グレーテルから朗笑が漏れた。

 少し怖い人かとも思ったが、単にぶっきらぼうなだけのようだ。それを理解したら自然と緊張がほぐれていた。


 ※※※


「ただいま……って誰だよ、あんた!」


 グレーテルの家に、同居する弟のイザークが仕事を終えて帰宅した。

 隣町での採掘の仕事から二日ぶりに家に戻ったら、家に見知らぬ男がおり、グレーテル特製のアップルパイを食している。イザークは大いに混乱していた。


「姉貴、怪我を! てめえ、姉貴に何しやがった!」

「ちょっとイザーク」


 グレーテルを敬愛するイザークは、彼女の頭に巻かれた包帯や足首の腫れを見た瞬間、完全に頭に血が上ってしまった。姉の制止も聞き入れず、感情的にダミアンに殴り掛かかる。


「姉思いだな」

「と、止めた?」


 突然真横から攻撃されたにも関わらず、ダミアンは視線をテーブルに向けたまま、左手で拳を握り止めた。フォークを持つ右手は変わらず食事を続けている。


 眉一つ動かさずに器用な真似をしてみせた様に、熱くなったイザークもすっかり毒気を抜かれてしまった。


「イザーク、私の恩人になんてことをするの! ダミアンさんに謝りなさい!」

「恩人? 姉貴、この人はいったい?」

「河原で子供達に石を投げられていた私を助けてくれたの。そればかりか足を怪我した私を家まで運んで手当まで。そんな人をあなたって子は」


 熱くなり過ぎるだけで根は真面目なのだろう。事情を聞かされたイザークはすぐさま神妙な面持ちとなり、その場でダミアンに深々と頭を下げた。


「すみませんでした! 姉貴を助けてくれた恩人だとは知らず、俺はとんでもない真似を。本当にすみませんでした!」

「私は別に気にしていない。それよりもお前も一緒にどうだ?」


 そう言ってダミアンは隣の椅子を引き、イザークを招き寄せた。絵面だけならどちらが家人でどちらが客人なのか分からない。


「は、はい。それじゃあお言葉に甘えて」

「そう緊張するな、慣れない敬語もいらない」

「りょ、了解っす」


 未だに状況は飲み込めていないが、姉の恩人の言葉だし、仕事終わりに食べる姉特製のアップルパイはイザークにとって至福の一時だ。素直に頷きダミアンの隣に着席した。元々はイザークのために焼いておいたパイなので、取り皿やフォークは最初からイザークの分を用意してあった。


「とても美味い。グレーテルは料理上手なのだな」

「おっ、分かってるね、ダミアンさん。姉貴のアップルパイは世界一だよ」


 大好きな姉の味を絶賛してくれるダミアンにイザークな熱意を持って同意する。直前の激怒が嘘のように、イザークはダミアンに好感を抱き始めた。


 理不尽な仕打ちで姉と二人、この町で孤立を深めてきた。姉以外の人間と食卓を囲むのはずいぶんと久しぶりだ。


「褒めすぎですよ。ダミアンさんもイザークも」

「私は世辞は言わない主義だ。世辞なら食指は進むまい」

「そうだぜ姉貴、もっと自分の料理に自信を持てよ。俺とダミアンさんが太鼓判を押してるんだから」


 イザークはすっかり上機嫌でダミアンの肩に腕を回す。煩わしそうにしながらも、ダミアンはアップルパイを食べる手だけは終始止めることはなかった。

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