第3話 相部屋

「……部屋が一つしか空いていないのは想定外でした」


 食堂での夕食後、ダミアンとベニオは町で唯一の宿屋を訪れたのだが、天候悪化によって町からの出立を遅らせる旅客が多く、生憎と客室は一室しか空いていなかった。まさか冬季に野宿をするわけにもいかず、二人で一室を利用することとなった。


 宿屋の主人曰く、ベッドは一つしか置いていないが、幅が広いから二人でも十分に利用可能とのこと。若い男女の二人旅ならむしろ好都合だろうと、満面の笑みで部屋へと通された。とんだお節介である。


「私は床で構わない。ベッドはお前が使え」


 ハンチング帽を置き、コートとジャケット、ベストを部屋の隅の木製のハンガーにかけると、ダミアンはシャツ一枚にスラックスというリラックスした出で立ちで床面へと寝ころんだ。乱時雨みだれしぐれだけは何時でも抜刀出来るように、右手の直ぐ側に置いてある。


「いけません。こちらは共闘をお頼み申した身。上座ともいえる寝所は是非ともダミアン様がお使いください」


「長年旅をしている身だ。固い寝所には慣れている。気にせずベッドは使え」


「それでは手前てまえの気が済みません。ダミアン様がベッドを利用されないのなら、手前も床で眠らせて頂きます」


 妙なところで意地を張り、ベニオは正座で床へ座り込み、ダミアンの仏頂面を覗き込んだ。


「せっかくベッドがあるのに、二人とも床では本末転倒だろうに」


 役割を果たせぬベッドに申し訳ないとは思わないのかと、柄にもなくシュールなことを考えるダミアンであった。


「床は大そう冷たいです。どうかごゆっくりとベッドでお休みください」


 ベニオは瞬き一つせずにダミアンを見つめ続ける。首を縦に振るまで延々とプレッシャーをかけてきそうだ。見つめられたままでは、寝付けるものも寝付けない。


「なら二人でベッドを使えばいい。宿屋の主人が言ったように、二人で眠るだけの幅はある」


 折衷案せっちゅうあんはそれしかなかろう。ダミアンとて固く冷たい床よりは、温いベッドで眠るに越したことはない。


「ですが、ご迷惑ではありませんか?」

「雪原でくしゃみをしていた女が何を言う。体はしっかり温めておけ」

「しかしその、手前は仮にも魔剣士です。警戒はなさらないのですか?」

「私の眠りは浅い。不審な動きを見せれば即座に叩き斬るだけのことだ」

「お心遣いに感謝します」


 叩き斬るという言葉に感謝で返すのもどうかと思うが、それを機にお互いに遠慮が無くなり、寝所についての話はまとまった。


「一階に浴場があるそうなので、私はお湯を借りに行ってきます。ダミアン様は?」

「私はこのまま休む。風呂は勝手にしろ」

「では、お言葉に甘えて」


 温かい料理を食べたとはいえ、雪原での体の冷えを取り切るには至らない。ゆっくり湯につかり体を温めるべく、ベニオは速足に部屋を客室を後にした。


「……どこまでも風変りな女だ」


 ベニオは自身の愛刀であるよい速贄はやにえを部屋へと残していった。魔剣士は自身の力の源たる魔剣を肌身離さず持ち歩く傾向にある。流石に裸一貫の浴場に持ち込むのははばかられるにしても、他の魔剣士、それも魔剣士狩りが滞在する部屋に置いていくなど前代未聞だろう。共闘を反故ほごにし、ダミアンが先に宵ノ速贄の方を破壊する、等といった可能性は考えないのであろうか。


 共闘相手としてダミアンを信頼しているのか、思慮が浅いだけなのか。いずれにせよ、これまで対峙してきた魔剣士たちとベニオは何もかもが違い過ぎる。


 いっそここで本当に宵ノ速贄を破壊してしまおうかと、ダミアンは一度「乱時雨」を抜きかけるも結局は鞘へと納めた。


 かつて、魔剣士へ復讐するために妖刀を手に取った自分に、似たような境遇を辿るベニオの復讐の機会を奪う権利があるのかと、そんな余念を抱いてしまう。心にもやがかかり、魔剣に対する破壊衝動がえる。このような感覚に陥るのは、魔剣士狩りの道を歩んで以来初めての経験であった。


「……寝るか」


 思考を中断するかのように頭を振ると、ダミアンは「乱時雨」片手にベッドの中へと潜り込んだ。


 〇〇〇


「……兄上」


 深更しんこう。眠りの浅いダミアンの聴覚が、幼子のように儚げな呟きを拾った。


 襲撃かとダミアンが感覚を研ぎ澄ませるが、それは直ぐに、隣で眠るベニオの寝言であると判明した。妖刀宵ノ速贄は離れた壁に立てかけてあり、とても荒事に発展するような雰囲気ではない。襲撃でないなら別に構わないと、ダミアンはベニオの反対方向へ寝返りを打ち、再度眠りにつこうとするが。


「……行かないで……兄上」


 背を向けたダミアンにすがるように、ベニオはシャツの袖を引いた。ベニオが目を覚ました気配はない。夢の中で、遠くへと行ってしまいそうな兄を必死に引き留めようとしているのだろう。


「……どこまでも迷惑な女だ」


 袖を引かれたままでは眠りにくい。ベニオに袖を引かれるがまま、ダミアンは背中を向けたままのベニオの方へと距離を詰めた。

 夢に一段落ついたのだろう。ベニオは寝言の代わりに可愛らしい寝息を立て始め、手も自然とダミアンの袖から離れた。


 今度こそ眠れると、ダミアンが静かに目を伏せた瞬間、不意にダミアンの側へ寝返りを打ったベニオの手の甲が、ダミアンの顔面へと直撃した。


「……どこまでも迷惑な女だ」


 思わず二度同じ苦言をていすると、ダミアンは顔面直撃したベニオの手をそっと外し、彼女から離れるように壁際へ寝返りを打った。


 〇〇〇


「……おはようございます、ダミアン様。お早いお目覚めですね」


 夜明けと共に目覚めたベニオが重たげなまぶたを擦すると、すでにダミアンは三つ揃えのツイードスーツをかっちりと着こなし、窓辺から外の様子を眺めていた。


「あの、手前の寝相は大丈夫でしたか?」


 前科があるのか拳に感覚でも残っていたのか、ベッドから立ち上がったベニオは落ち着かない様子で微苦笑びくしょうを浮かべた。


 寝起きのベニオは下着の上に、寝間着としてダミアンから借りた白いシャツを羽織っている。長身のダミアンのシャツなので太腿ふとももまで隠れているが、寝起きの表情も相まって何ともエロティックな雰囲気漂う。


「自覚がある分まだマシか」


 あえて多くは語らず、ダミアンは不敵な笑みを浮かべた。


「や、やはり手前は何か失礼を!」

「さてな」


 せめてもの仕返しにと詳細を語らず、ダミアンはベニオをじらし続けた。

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