最終話 Tomorrow never konws
『街は廻る。日常を極彩色の異常でぐちゃぐちゃに塗り潰しながら。凡ゆる色は混じり捻れ果ては真っ黒になった。黒は終わりの色、されど黒は始まりの色。始まりと終わりは黒よって繋げられた』
決着はあまりに静かだった。
刃が地面に落ちた金属の反響音だけをもってして、漆黒の墓守と灰色のジークの決着となった。落ちた灰色の刀がただの煙へと戻り風に散っていく。墓守は帽子のつばを指先で摘んで深く被りなおすとジークの横を通ってその先にいる赤の少女へと焦点を合わした。
「漸く会えたな、器」
墓守は十字架を模した剣を少女へと向けると少女を器と呼んだ。
「器……? なんの事すかね……」
墓守の言う事に思い当たる節が無い少女はただ疑問を浮かべるだけだった。しかし、それよりも気になるのはジークの方であり、彼が死んでしまったのかどうか、そちらの方が最もアカシアの思考を覆ってしまっていた。
ジークの身体は魂を失った様に、抜け殻の様にただ立ち尽くしているのみで微動だにしていない。見てくれだけは無事に見えるが所謂心や魂という精神的な器官が無事だとは到底思えなかった。
途端、アカシアの心に恐怖が奔る。
あの刹那の瞬間で心や魂を破壊してしまう程の力を目の前の男は所持している……!
戦って勝てる相手でないのは無論理解している。どれだけの手を尽くしても眼前の男は容易く自分を捻じ伏せる事が出来るだろう。打開策は浮かばずともそうした怯えた考えだけは簡単に思いつく事が出来た。
「アタシをどうするつもり……?」
理由など聞いて自分でもどうするのかは分からなかった。だが、こうして自分を狙って現れた理由……それは自分が知らなければならない事であるのは確かだと、アカシアはこの怪物の中の怪物を前にして問うていた。
「知りたくば塔へ行け。お前はその資格を既に得ている筈だ、そうだろう
アカシアの心に得体の知れない怖気が奔る。以前にも自分をそう呼んだ人間がいた事を思い出す。この男はそれを知っている──アカシアという存在に纏わる出来事を。
知るのが怖い。そんな単純な恐怖を覚えると同時に懐かしい感覚が蘇る。
「
頭の中を掻き回されるかの様な感覚に首を振って抗ってみせるが、それが普段とは違う口調で発されているとアカシア自身は気付いていない。辛うじて墓守に視線を合わせるも、苦悶は一層激しくなり、冷静な思考を奪われていく。
「なんなんすか……! アンタは……!」
「墓守だ。在るべきを有るべきに保つ者。ただそれだけだ」
「あるべき……?」
「そう。お前を有るべき姿へ、お前を在るべき場所に」
「なんすかソレ……
またアカシアは違う口調で喋っていた。
自覚の無い変容、それが墓守の語る有るべき姿を指しているのか。知るべしは墓守が言うように“塔”だけが知る事である。
「縁では無い、因果だ」
「だから、なんなんすか、ソレ」
アカシアの問いに答えず墓守は路地に背を向けて去っていく。アカシアにとっては自らの真実を知る存在、その背が遠ざかっていく。覚えの無い記憶が混じり思考が混濁する。それでも尚、少女はその手を真実へと手を伸ばしていた。知る事の恐怖を忘れ、必死に、衝動に駆られその先にある何かを求めて。
「待って……!」
声はきっと届いていた。だが墓守は立ち止まる事なく路地から姿を消していた。同時に混濁していた意識が回復しアカシアが追いかけようと脚に力を込めた瞬間、上体から崩れ落ちて固い地面にぶつかった。
痛みを感じるより先に、自身の身体の状態を理解して「クソッ……!」と悔しさを漏らした。
──身体に力が入らない。そんな事は分かる。なんで力が入らないのか、それが分からない。こうしている内にも……。
「が……あ……アカ、シア……」
不意にアカシアの耳に声が聞こえ意識を声の元へと向ける。
まだ生きている。安堵が胸中に湧いた。墓守に破壊されてしまったと思われてたジークの精神がまだ生きているのだ。少女は咄嗟に駆け寄ってジークの胸に耳を当てた。
「死んでない……生きてる……!」
生きてる。ジークの心臓は脈打ち、呼吸もしていた。不意に先程の言葉が過り少女は今すべきことを心に刻む。
『知りたくば塔へ行け』
そういう事か。結局、いずれはそこへ行かなければならないのは分かっていた。アカシアの拳に力が込められる。
試されているのだ。何かに至るに能うか否かを。自らの力量、理解、知識──いずれに置いても挑むには至らないだろう。弾丸犬と呼ばれたアカシアをしてもその考えはあった。だが──今更何に迷い惑い悩めばいいのか。アカシアの足は既に立ち上がり、次へと向かって進み始めていた。
「待ってろ……アタシの未来!」
ElEVATE BeforeDay 了
─EIEVATE─ ガリアンデル @galliandel
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