第50話 リンダ ハンス出生の秘密

 空気口の交流から、ブルーノが地下牢に直接向かう様になるまで、多くの時間はかからなかった。

「まぁ、可愛らしい王子様ね。いつもお花をありがとう」

 リンダは、美しく若い女性だった。

「どうして、そんなところに居るの? 何か悪い事をしたの?」

「そうかも知れませんね」

 リンダは美しい声でそう言うと、少し悲しそうに微笑んだ。



「ブルーノ様が地下牢のお人と親しくなっている」

 大人の目を欺くことは、幼いブルーノには不可能だった。

「ブルーノ、地下牢の人と何をしてるんだい?」

「リンダの事?」

「ああ、そんな名だったね」

 父は、何かを思い出した様だった。



 東屋でブルーノは、メイドにお茶を用意させた。

 宮殿の中で話すと、まだ地下牢にあの人の魂が居て聞かれてるようなきがしたのだ。

 ムートル国宮殿の庭は、相変わらず美しかった。

「あの馬車の事故後、自分でも色々記録を調べたんだ」

 ブルーノがリンダと出合った少し前に、婚姻の儀を行っていたのだ。

「それは、どういう事? 」

 分からないふりをしてしまった。

 しかし、レナには、分かっていた。

 リンダも、レナの母アミラ同様、カタチだけの婚姻をしたのだ。

 しかも、ブルーノの父には、既に妻がいたのだ。

「リンダはね、魔人だったんだ」

 レナは反応に困った。

 驚いて見せるべきなのか、ここで自分も魔人だと言うべきなのか……。

 が、それがブルーノには、レナが驚き戸惑っている様に見えた。

 レナには好都合だったが、リンダと母アミラの関係を切り出す機会を失ってしまった。

「魔人を妻にしなければならない。そんな決まりがあったらしいんだ」

「魔人だったから、地下牢に?」

  つい、口調が強くなってしまった。

 お祖母様も魔人が嫌いだったけれど地下牢に閉じ込めるなんてしなかったのに、何て酷い。

「仕方がないよ。魔人は人の心を弄ぶんだ」

 そんな事ないわ!

 レナは、大きな声を出しそうになった。

「今思えば、あの時の僕は心を弄ばれていたのかもしれないね」

 レナにはそう言ったものの、リンダがそんな事をしたとは微塵も思っていなかった。

 ただ、リンダに非情な仕打ちをした父を正当化したい気持ちが先立ってしまった。

「魔人だからって、地下牢に閉じ込めるなんて酷いわ」

 レナに核心をあっさりつかれてしまった。

「本当に、酷い話だよ」

 つい父の非情を認めてしまった。

 レナ様は、本当に不思議な方だ。

「僕は優しくて歌の上手なリンダが大好きだったんだ。だけど……」



 リンダを好きになったのは、幼いブルーノだけではなかった。

 父は、二人目の妻の名を思い出すと同時に存在も思い出し、地下牢に通い始めたのだ。

 ブルーノは、それから暫くして母が時折苦しげに泣いている姿を見た。

「お母様、どこか苦しいのですか?」

「大丈夫よ。ブルーノ、貴方は何も心配する事は無いわ」

 そう言った母は、相変わらず苦しげだった。

 リンダの懐妊が知らされたのは、その翌日だった。

「ブルーノ、喜べ! お前は兄になるんだぞ!」

 父は、リンダの懐妊を手放しで喜んでいた。



「ねぇ、リンダ。どうして僕のお母様は凄く苦しそうなの?」

 ブルーノがそう聞いた時、リンダの表情が悲しいものになった。

「私が苦しめてしまっているのね」

「リンダ、お母様に意地悪でもしたの?」

「そうかもしれません……。ブルーノ王子、どうか、もうここへ来る事はお止めになってください。そして、お母様の側にいてあげてください」

 リンダは、それっきりブルーノの言葉を交わそうとはしなくなった。

 今思えば、リンダなりの母への配慮だったのだろう。



「今夜、この地下牢で過ごして良いかしら?」

 本当にこのレナ様には驚かされる。

 ブルーノでさえ、未だに恐ろしく感じるこの地下牢で一夜を過ごそうなんて。

「レナ様、リンダはここで死んだのですよ?」

「え?」

 だから何?

 レナの顔には、そう書いてあった。

「分かりました、では人を付けましょう」

 レナには、有難くない申し出だった。

「一人でここに居たい、と言ったらご迷惑でしょうか……」

 レナ様は、一体何がしたいのだろう。

「分かりました。では、階段の上に人を待機させておきますから、何か有りましたら、直ぐにおっしゃってください」

 コサムドラ国の姫君に、ここで何か起きては国の恥だ。

 そうでなくても、あの事故以来、この国には問題が起きすぎる。

 ブルーノは、思わずため息をついた。

「何が起きると言うのです。大丈夫です、ただの地下牢ですもの」

 レナは事も無げに微笑んだ。



 ただの地下牢何かではなかった。

 地下牢に降りてきた時から、レナは気が付いていた。

 ここには、まだリンダが居る。

 存在は無くなっても、リンダがここに居た証が何か残されている。

 レナには、そう感じられた。

 地下牢で一人になったレナは、地下牢の中に入った。

 そこには、産まれたばかりのハンスが寝かされたのであろう、揺り籠までそのままに埃を被っていた。

 何かに導かれるように、牢の隅に置かれた机に近付いた。

 一番下の引き出し。

 誰かが耳元で、囁いたように感じた。

「ここ……?」

 しかし、引き出しには鍵がかかっていた。

 が、

 カチ

 乾いた音がして鍵が外れた。

「!」

 レナは、思わず牢の中を見渡した。

「リンダおば様、そこにいるのね」

 レナは、静かに引き出しを、引いた。

「凄い」

 そこには、ぎっしりと本が詰まっていた。

 人の気配がした。

 レナは、慌てて引き出しを元に戻した。

「失礼します。レナ姫様、本当にここにいなくてよろしいのですか?」

 何度か言葉を交わした事のあるメイドだった。

「大丈夫よ」

 メイドは一瞬ほっとした表情をした。

「何かありましたお声を掛けてくださいませ」

 そう言って、逃げるように階段を上がって行った。



 レナが最初に手に取ったのは、リンダの日記だった。

 日記はリンダが、この宮殿に向かった日から始まっていた。

 時折アミラの名も出てくる。

「まぁ! 王様!」

 階段の上からメイドの声がした。

 ブルーノがやって来たのだ。

 レナは思わず日記を服の中に隠した。

 もし、この日記がブルーノの目に留まれば、リンダとアミラの関係が知られてしまう。

「どうですか、何かありましたか?」

 ブルーノが牢の中に入ってきた。

「これが……」

 レナは机の引き出しを引いて見せたが

「ああ、開いたのですね。年数が経って鍵が甘くなっていたのか。でも、何も入っていなかったのですね」

 引き出しの中に、ぎっしり入っていたはずの本が姿を消していた。

「そ、そうですね……」

 何が起きたのかレナには分からなかった。

 ブルーノが、埃まみれの揺り篭に気が付いた。

「ハンスが、この揺り篭で眠ったのは三日間だけなんだ」



「この子もわが国の王子です。私が育てます」

 ブルーノは、母がそう言ったのを今でも覚えている。

「でも、この子は……。ベナエシ国のカリナ様にお願いした方がいいかもしれないよ」

 父は、母の言葉に動揺しているようだった。

「どうして、この国の王の血を引くこの子を、他国の王女にお願いする必要があるんです!」

 母は少し意地になっていたようだった。

 それから十年、ブルーノとハンスはごく普通の兄弟だった。

 あの事故の日までは。



「ハンス、生きていたのなら、それだけで十分」

 ブルーノは、小さく呟いた。

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