レナ15歳

第49話 ブルーノの記憶 美しい歌声

 ムートル国に入ったレナは、本心は直ぐにでもエヴァの元へ行きたかったが、最初に宮殿を訪ねた。

 突然の訪問にもかかわらず、ブルーノは快く迎え入れてくれた。

「驚きました。レナ様は、ご病気だと聞いておりました」

 すっかり国王らしくなったブルーノは、公務の合間に時間を作ってくれた。

「ドミニクは、ご迷惑をおかけしておりませんか」

「とてもお行儀良く、過ごしておられるようです」

 レナの言い方に、ブルーノは怪訝な顔をした。

 自らの目で見た物言いではない。

「実は行方不明のハンス王子のお母様の件で、参りました」

 ブルーノが何か知っているのであれば、これだけで充分言いたい事は通じるはずだ。

 一瞬、ブルーノの表情が一瞬固まったのを、レナは見逃さなかった。

「今は少し時間がありません。部屋を用意させますので旅の疲れを癒して下さい」

 時間をくれと言う事だろうか。

「ありがとうございます」

 レナは待つ事にした。

 それしか選択肢はない。

「では、夕食まで失礼」

 ブルーノは、足早に去って行った。



 ベナエシ国のハンナが用意してくれた馬車は、ここまでとなった。

 次に発つ日まで待つ、と御者のウェンツは言ってくれたが、流石にそうもいかない。

 それに、このムートル国宮殿からコサムドラ国の城までは馬車で3時間程だ。

「ありがとう、ウェンツさん。ハンナによろしくね」

「あぁ、元気でなレナちゃん」

 ウェンツを見送ったレナは、ブルーノの用意してくれた部屋で身体を伸ばした。

 この国に、エヴァも居るのね。

 早く訪ねて行きたい。

「夕食は、食堂ではなくブルーノ様のお部屋にご案内いたします」

 メイドか告げに来た。

 他に聞かれないようにする為だろう。

「分かりました」

 やはり、ブルーノは何かを知っているのだ。



 メイドに案内されたブルーノの部屋は、宮殿の中でも広い部屋だった。

「どうぞ……」

 初めて会った時ですら見せなかった緊張した面持ちで、ブルーノはレナを出迎えた。

「広い部屋で、驚いただろう?」

「えぇ……」

 レナは気が付いていた。

 ここはブルーノの部屋じゃない。

 子供部屋だ。

「どうしても、ここで話がしたくて、ここに用意させたんだ」

 レナが話を切り出そうとすると、ブルーノに止められた。

「食事の後、ゆっくり聞かせて欲しい。後、もう少し心の準備がしたい」

 レナは、ブルーノに案内され夕食のテーブルに着いた。



「話しを聞かせてくれるかな」

 食事が終わると、ブルーノは言った。

「先ずは、5年前事故で行方不明になったハンス王子は、生きています」

 ブルーノの目に安堵の色が見えた。

「ハンスは、今はどこに? 何故、ここへ戻って来ないのです」

「それは……」

 何をどこまで話せばいいのだろうか。

 今ここで自分が魔人である事を、本当に知られてしまって良いのだろうか。

 レナは思わず言いよどんだ。

「レナ様は、何処までご存知なのでしょう」

「え?」

 ブルーノこそ、何処まで知っているのだろうか。

 魔力を使えばブルーノの心を見るくらい簡単な事だが、ここは他国なのだ。

 迂闊に魔力を使う事は、自分の首を絞める事にもなりかねない。

 事実、コサムドラでも魔人対策としてジャメルとエリザがいるのだ。

 ここ、ムートル国にもいないとは限らない。

 もし魔力を使えば、レナが魔人である事を自ら名乗りでるのと同じなのだ。

「両親とハンスが乗った馬車が、ベナエシ国へ向かった理由は……」

「ハンスの大おば様の居る、ベナエシ国ですね」

 谷に落ちた馬車が、向かっていた場所はベナエシ国だったのか。

 ハンスの人生は、馬車が谷に落ちなくても同じ結果だったのだ。

 ブルーノが立ち上がった。

「そこまでご存知でしたら、ご案内したい場所があります」

 ブルーノの表情からは、何もうかがい知る事は出来なかったが、ブルーノにとって楽しい場所ではない事だけはレナにも分かった。



 出来るだけ遠くに、もっと遠くに。

 カリナ様の意識が戻る前に、どれ程魔力を使っても、レナを感じる事が出来ないほど遠くに……。

 まだ、ダメだ。

 もっと遠くに、もっと……。



 ブルーノに案内されたのは、地下牢だった。

「ここは……?」

 かなり長く人が立ち入った形跡のない、天井高くに小さな窓が一つあるだけの地下牢。

 かつて女性が暮らしていた形跡をわずかに残し、時間が止まったような牢だった。

「ハンスの産まれた場所だ」

「え? ここで?」

 レナは思わず眉をひそめた。

 まだ十五歳のレナにでも、ここが子供を生み育てる事に適した場所でないことは分かった。

「五歳の頃の記憶なのに、何もかもが今起きたことのように、思い出せるんだよ。そして、あの悲劇を招いたのは僕なのかもしれない」

 ブルーノの視線は、古びた揺り椅子を見つめていた。



「絶対に、この階段の下へ行ってはいけません」

 両親からも乳母からも、きつく言いつけられていた。

 その階段の下からは、物凄く物凄く小さな歌声が聞こえていた。

「あれは、城に住む幽霊の仕業です。子供が近付くと取り憑かれてしまい、二度とご両親と会う事はかないません」

 そんな怖い場所が、何故この素晴らしい宮殿の中にあるのか。

 誰も、明確には答えてくれなかった。

 そして、階段の前に立ってしまった。

「ぼ、僕はムートル国第一王子のブルーノだぞ! 怖くなんか無いぞ!」

 階段の下に向かって叫んだ。

 ふっ、と歌声が途切れた。

「ブルーノ王子は、お強いんですね」

 とても優しい、囁くような声だった。

 ブルーノは驚いて、思わず逃げ出してしまった。



「僕は幽霊なんて、怖くないんだからな!」

 乳母に強がって言ってしまった事で、ブルーノは地下へ繋がる階段へ近付くことを禁止されてしまった。

 ところが、数日後、宮殿の周り散歩している最中に、あの歌声が聞こえてくる事に気が付いた。

 風に乗って聞こえてくるようで、ブルーノは大人の目を盗んで声の元を探した。

 それは、宮殿の外壁地面すれすれに造られた、小さな小さな空気口からだった。

 ブルーノは思わず、そこへ小さな手を差し入れた。

「その小さな美しい手は、ブルーノ王子かしら?」

 あの声だった。



「その空気口が、あの小さな窓?」

「そうだよ」

 リンダは、この地下牢で唯一の光を、あの小さな空気口から得ていたのだ。

「僕はリンダの歌が好きだったんだ」



「ねぇ、歌って」

 ブルーノは、空気口に向かっていった。

 すると、あの囁くような美しい歌声が聞こえてきた。

 歌声を聴きながら、ブルーノは近くにあった花壇から、花を一輪取ってきて空気口から下に落とした。

「まぁ、可愛らしいお花。ありがとう、ブルーノ王子!」

 こうしてリンダとブルーノの交流が、宮殿の片隅で始まった。

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