第35話 友 再開と和解

 城から抜け出したレナが最初に向かったのは、以前住んでいた家だった。

 誰かに掃除でも頼んでいるのか、今直ぐに、ここで生活を再開できそうな程綺麗に掃除されていた。

 自分の使っていたベッドに横になって見る。

 城のベッドに比べれば粗末で寝心地も悪いはずなのに、妙におちつく。

 母アミラの声が今にも聞こえてきそうだった。

 このまま、このベッドに沈み込みたい気分だ。

 しかし、あまり長居はできない。

 ここにも探しに来るだろう事は、そのくらいの事は容易に想像できる。

 もう一度、ゆっくりと家の中を見回し、そっと扉の鍵をかけた。



 ベルが城から知らせを受け、街へやって来たのはレナが家を出た2時間後の事だった。

「おや、ベル。今日は珍しい人が二人も来たよ」

 肉屋の女将が喜んでベルを迎え入れた。

「他に誰か来たのかい?」

「レナだよ」

「おや、レナが来たのかい。それは珍しいね。私も会いたかったよ。元気だったかい?」

「ああ、元気そうだったよ。何だか大人っぽくなったようだったねぇ」



 家を出たレナは、エヴァの家に向かった。

「もしかして、レナかい?」

 途中、肉屋の女将に見つかり一瞬動揺したが、レナが城に住むレナ姫である事には気付いていないようだった。

 街の生き字引のような肉屋の女将が気付いていないのなら、街で気付いた者はいないのだろう。

 レナは胸を撫で下ろした。

「エヴァのカフェの事、聞いたかい?」

 女将は、言いたくて言いたくて仕方がない様子だ。

「開店のお知らせはエヴァから貰ったんだけど、まだ行ってないの」

「そうかい、是非行ってやんな。物凄い繁盛してるよ」

「そうするわ」



 エヴァのカフェの近くまで来たレナは、驚きの光景を目にした。

 そこには、沢山の若い女の子達が列をなしていたのだ。

 そして、店内からは魔人の気配がした。

「あの」

 通りかかった若い女性に声をかけた。

「あそこに並んでいる人達は、あのカフェに並んでいるの?」

「そうよ、あなた知らないの?」

「久しぶりに街に戻ってきたの」

「そう、だったら知らなくても仕方ないわね。とにかく、お洒落で美味しいカフェなのよ。あなたも並んだら?」

「そうね、そうするわ」

 レナは、列の最後尾に並んだ。



 一時間ほど並んだろうか。

 案内をしているのはエヴァだった。

「お待たせしました。こちらへ」

 レナの姿を見ても特に表情を変える事なく、エヴァは店の一番奥の席へレナを案内した。

「すぐに参りますので、暫くお待ちください」

 そう言ってエヴァは、席を離れた。

 エプロンを外したエヴァが、急いで戻ってきた。

「レナ! 来てくれて、ありがとう!」

 城で再会した時のエヴァとは、別人の様に変わっていた。

 あの日、城から急いで帰るエヴァの顔は蒼白だった。

 今は、ばら色で生き生きとした顔をしている。

「どうしても来てみたくて、抜け出してきちゃった」

「え? 大丈夫なの?」

「わからない」

「叱られたら、私も一緒に謝ってあげる」

「ありがとう」

 エヴァだ。

 昔、と言っても二年も経っていないが、昔のエヴァだ。

「お店、いいの?」

「うん、休憩だから」

 三十分程、エヴァが運んできたお茶とケーキで話をした。

 たわいもない話題で一瞬だった。

「私、そろそろ仕事に戻らないと」

 エヴァが、立ち上がった。

「私も帰らないと……」

「無理して来てくれてありがとう」

「これ、大切に使ってるのよ」

 レナが鞄から、エヴァから貰ったクリームを出した。

「私も、レナから貰ったポーチにクリーム入れてるの」

 二人の間のわだかまりは消えた。

「今夜は戻ると途中で暗くなりそうだから、家に泊まるわ。もしかしたら、家に迎えが居るかもだけど」

「レナは自由がなくて、大変ね」

「ほんとに」

 二人は、顔を見合せて笑った。

 そんな様子を少し離れた場所から見られている事に、二人は気がつかなかった。



 レナはエヴァの店を出た後、少し街を歩いてみることにした。

 こんなにゆっくり街を歩いたのは、学校を卒業するまでの少し間街で暮らすことを許されたあの時以来だ。

 馴染みの店の人達や、友達に別れの挨拶もなく街を去ってしまった事を後悔していた。

「転居先を聞かれたら、何と答えるおつもりですか姫君」

 ジャメルの忠告だった。

 確かにその通りだ。

 でも、本当にそれでよかったのだろうか。

 帽子を被り顔を隠すようにし、街を歩いた。

 いつも元気な肉屋の女将は、今日も元気だった。

 母アミラの葬儀では、顔をくしゃくしゃにして泣いてくれた。

「大した事は出来ないけど、何かあったら直ぐウチに来るんだよ!」

 そう言って、レナを潰れそうな程抱きしめてくれた。



 レナは、家に戻って来た。

 他に行く場所が、思い当たらなかったのだ。

 隣家からはベルとジャメルの気配がする。

 そう思った瞬間、レナの身の回りから全ての気配が消えた。

「レナ、お帰り」

 現れたのはギードだった。

「ギード!」

「やっと二人で会えた」

 どうしたんだろう、隣にジャメルが居るはずなのに、ギードの気配に気が付かないのだろうか。

「レナ、君も気が付かなかっただろう?」

 ギードが嬉しそうに笑った。

 慌てて思考を読まれないように、心の扉を閉めた。

「レナ、そんな事をしたって手遅れだよ」

 ギードがレナに手を差し伸べた。

「さぁ、行こう」

「どこへ」

「僕等の生きるべき場所へ、だよ」

「何を言ってるの?」

 レナは、どうするべきか迷った。

 今、ギードはこの空間を現実世界から切り離している。

 おそらく、それにジャメルは気が付いているはずで、切り離された世界を元に戻そうとしているはずだ。

 しかし、ギードの魔力はとてつもなく強い。

「君は、何も知らないのか?」

「何の事?」

 レナは何とか時間を稼ごうとした。

「まぁ良い。一緒に来れば分かるよ」

 行くべきなのだろうか。

「ギードはムートル国の人でしょ? ムートル国へ行くの?」

「あんな国には行かないよ」

 ギードの心が揺れたのを、レナは見逃さなかった。

「ジャメル!」

 レナはそこに居るあろうジャメルを信じ全神経を集中し、ギードが切り離した世界を魔力で破壊した。

「お願いだレナ、僕を怖がらないで」

 ギードは、そう言い残して姿を消した。

「きゃぁ!」

 レナの身体は、現実世界にいたジャメルの腕の中に落ちた。

「待て!」

 レナを抱きとめたジャメルは、レナの無事を確認すると。ギードの気配を追おうとしたものの、前回動揺追うことは出来なかった。

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