第33話 潜入とカフェ 自信は希望

「そうです、レナ様」

 レナは、やっと布の球を上手く浮かせられるようになった。

「では、それを動かしてみましょう」

 そこへ、ジャメルが入って来た。

 レナは、浮かせていた布の球を、ジャメル目掛けて飛ばした。

 浮いていた球が、次々とジャメルを襲った。

「やったぁ!」

 と、喜んだのも束の間、ジャメルの後ろには渋い顔をしたアンドレの姿があった。



 気不味い空気の中、エリザが用意したお茶を飲むレナとアンドレ。

 そんな二人を、見守るジャメル。

「隣国の事もあるし、いつ戦わねばならない時が来るやもしれない。その時の事を思うと、やはりジャメルやエリザから学ぶ事は大切だと分かっている。でも、レナ、私はレナが魔力を使うのは反対なんだ」

「はい……」

 ジャメルに仕返しをしてレナの弾んだ気持ちは、あっという間に沈んでしまった。

 はしゃいでしまった自分が恥ずかしくなった。

「ごめんなさい、お父様」

「レナが謝る事じゃないよ。レナに魔力があるのはなのは、レナの所為ではないんだから」

 アンドレは魔人と言う言葉を、あえて使わなかった。

 レナはたまたま母の血をひいて、魔力が使えるだけだ。 

 他の普通の女の子と、何ら変わらない。

 自分の苦悩を娘に打ち明け、落ち込ませた事を、アンドレは後悔した。

 レナはまだ十四歳だ。

 急な環境の変化に、一番苦悩し苦しんでいるのはレナなのだ。

「そろそろ本題に入ってよろしいですか」

 ジャメルが痺れを切らしたように、割って入った。

「ああ、すまない」

「姫君、少々この部屋を使いますが、よろしいでしょうか」

「はい、どうぞどうぞ」

 レナが部屋を出ようとした時、ポコンと頭に何か当たった。

 コロンと足元に転がったのは、レナが作った布の球だった。

「姫君、お忘れ物ですよ」

「もう! 意地悪!」

 レナは、球を拾い集めて部屋から出て行った。

「エリザはここに」

 レナの後を以降としたエリザを、ジャメルが止めた。



 そこは古くお世辞にも清潔とは言えない程荒廃した建物の居酒屋だった。

 老若男女、中にはまだ飲酒を許されていないであろう年齢の者も、皆揃って酒に酔っていた。

 ここが地下組織?

 エリザは俄かには信じられなかった。

 ただの安居酒屋にしかみえない。

 暫く通って様子を見るしかないのかもしれない。

 出された不味い安酒に手を伸ばした。

「見ない顔だな。この店は初めてか?」

 見知らぬ男が声をかけてきた。

 特に危険や悪意を感じる相手ではない。

 情報収集には、ちょうど良い相手だ。

「昨日越してきたんだよ」

 場をわきまえて、はずっぱな女を演じてみた。

「こんな時期に引越し? 何やらかしたんだ」

「ちょっとね」

 エリザが意味ありげに微笑んだ。

「面白いじゃないか。名前はなんてんだ?」

 男のエリザのグラスに酒を注いだ。

「ミレーヌよ」

「よろしくミレーヌ、ようこそ我が街一の安居酒屋へ」

 拠点とされる居酒屋への潜り込みに成功した。

 ある程度、情報が得られるまで城には戻れない。

 それがエリザの仕事だった。

 そして、はすっぱな女を演じるは、別人になれたようで悪い気はしていない。



「じゃぁ、暫くは旅に出なくて良いのね」

「お供するものがおりませんので」

 執務室の隣で、レナとジャメルが、布球のぶつけ合いをしていた。

 レナは、言葉を発すると布球を落としてしまい、思わずため息をついた。

「全然ダメ。ジャメルの様に上手くいかない。きっと、私の魔力は大した事ないのよ。こんな訓練、するだけ無駄よ」

 レナは、つい愚痴っぽくなってしまった。

 お父様だっていい顔しないし。

「愚痴ですか」

「ちょっとくらい良いでしょ」

 レナはすっかりいじけてしまっていた。

 やらなければならない事が多すぎる。

 エリザが城を離れて以来共をするものがおらず、古城のルイーズに会いに行く事すら許されない。

 ドミニクは、好きに行き来しているというのに。

 今日だって、朝から古城へ行っている。

「ドミニク王子の所へでも行きますか。そろそろ古城から、戻る頃でしょう」

「練習は良いの?」

「集中力がなくなってしまっては、練習になりませんし、気晴らしも必要でしょ」

「あら、冷血ジャメルも、たまには優しい事を言うのね」

「私が冷血?」

「そうよ」

「なんと失礼な」

「ほら、早くドミニクの所へ行きましょ!」

 最初にジャメルを冷血と言ったのはエヴァだった。

 ジャメルが、レナが通う学校で、少しの間教師をしていた頃だ。

 あの頃が懐かしい。

 出来ることなら、今すぐあの頃に戻りたい。



 エリザは、街の洗濯屋で住み込みの仕事についた。

 常時使用人を雇うのは、余裕のある高級役人か大商人程度で、用途に応じて専門業者を雇うのが、この国の主流となっている。

「ミレーヌ、今日はクレマン家にいっとくれ」

 洗濯屋の女将が、毎朝仕事の割り振りをする。

 支持された場所に赴き、山の様に積まれた洗濯をするのだ。

 クレマン家に行く様に言われたのは、これで二度目だ。

 ドナルドとは、何度か城で顔を合わせているため、素性がばれる危険性を危惧したが、どうやらドナルドはエリザの事を覚えてはいなかったようだ。

 エリザが大量のシーツを干していると、ドナルドがやってきた。

「洗いたてのシーツの匂いが好きでね。良い考えが浮かぶんだ」

 干したシーツの間を、何度か歩き回って屋敷の中に消えていった。

 城の中で失脚したため隠居でもしているのかと思っていたが、そうでもない様子だ。

 仕事を終えると、あの安居酒屋に足を向ける。

「やぁ、ミレーヌ今夜も来たのかい」

 何人かの常連と、親しく話す間になってきた。

 中には、いかがわしい商売女もいたが、そう言った商売女の方が情報を持っているものなのだ。

「このくらいの楽しみがないと、洗濯女なんて、やってられないからね」

「今日は、どこのお屋敷の汚れ物を綺麗にしてきたのさ」

「クレマン家だよ」

「クレマン様ね」

 商売女は、何か知っている様子だ。

「なに、あんたクレマン様知ってるのかい?」

「知ってるもなにも……」

 何かを言いかけて、突然商売女は口を閉ざした。

 エリザは、気配を感じ振り返るとそこには美しい少年が立っていた。

「あまり、仕事先の事を話すのは良くないよ、ミレーヌ」

 この気配、何度が感じた事があるが、酒のせいか思い出せない。

 いや、違う、誰かに思考を支配されているのだ。

 気が付いた時には支配から解放されだか、少年の姿はなかった。

 やはり、ここには魔力を使えるは者がいる。

 エリザは、確信した。



 大通りの最近出来たばかりのカフェ。

 エヴァは、ここで働いていた。

「僕の古い知り合いが、大通りに若者向けのカフェを出すんだ。君のように訓練校を出た優秀な子に手伝って欲しいそうなんだ」

 無職になってしまったエヴァには、願ってもない申し出だ。

 ギードに連れて来られたカフェは、開店準備中で内装工事の真っ只中だった。

 使用する食器の選別や、使用人の採用までエヴァは任された。

「本当に私なんかで、良いんですか?」

「エヴァ、私なんか、なんて言っちゃダメだ」

 十四歳には重い責務だったが、心が折れそうになる度に、ギードが支えてくれた。

 無事オープンに漕ぎ着けた日、エヴァはカーラを招待した。

 城のメイドとして働くカーラは、エヴァの突然の出世に驚いた。

「私なんて、まだお掃除しかしてないわ」

 店内を見渡しながらカーラが言った。

「あら、国王様やレナ姫様には会った事ないの?」

 エヴァは、自然にレナ姫様と言えた自分に驚いた。

 数週間前の自分だったら、絶対に言えなかった。

 このカフェが私に自信を与えてくれたんだ。

 エヴァは目の前が光り輝いて、空気まで澄んでいくように思えた。

「最近やっとレナ様のお部屋のお掃除の手伝いを言われるようになったわ」

 カーラは、エヴァが選んだカップに注がれたお茶を一口飲んだ。

「エヴァ! このお茶、凄く美味しい!」

「このケーキもとても美味しいわよ」

 と、エヴァが選んだ職人のケーキを、カーラに差し出した。

 城のメイドには落ちたけれど、今私はカーラより幸せよ。

 目を輝かせてケーキ皿を受け取るカーラを見て、エヴァの心は自信と誇りで満ち溢れた。

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