第32話 エヴァの受難と幸福 満たしてくれるのはお酒

 レオンと分かれたエヴァは、すっかり酔いが覚めてしまった。

 飲みなおしに居酒屋へ戻ろうか。

 今戻ったら明日の朝、仕事に行けなくなるのは分かっていたけれど、今の気分のまま帰る気にもならない。

 ぶらぶらと雨の中を歩き続けた。

「やぁ、エヴァ。帰ったんじゃなかったのかい?」

「あら、ギード。こんな所でどうしたの?」

 レナ披露目の日、エヴァを居酒屋へ連れて行った美少年ギードだ。

「飲みすぎて、酔いを覚ましに歩いていたらエヴァが見えたからさ」

「私は、飲みなおそうかと思って」

 こんな所でギードに会えるなんて、レオンも、レナも、もうどうでも良いわ。

 エヴァはギードに会いたくて、居酒屋に通っていた。

 クレマン家で働く予定だったがクレマン氏が失脚。

 訓練校の校長が、何とか探し出してくれた職が、大商人の豪邸でのメイドの仕事だった。

 しかし、豪邸の主人は傲慢な男で、エヴァの身体を見る目が嫌で嫌でたまらなかった。

 校長が探してくれた職だからと我慢していたが、もういい。

「ね、ギード。飲みなおしに行きましょうよ」

「そうだね」

 ギードはエヴァと手をつないだ。

 エヴァは、耳まで赤くなるのが自分でも分かった。

「さぁ行こう、エヴァ。良い店があるんだ」

 二人は夜の大通りに消えていった。



「どうしましたレナ様。えらく丁寧に作っておられますね」

 レナは、エリザが驚くほど丁寧に布の球を作っていた。

「だって、直ぐにほどけてしまうのよ」

「何に使っているのです?」

「これを思い切りジャメルにぶつけてやるのよ」

 なるほど。

 エリザは兄がしようとしている事が分かった。

 二人がまだ村に居た頃、遊んでいた遊びだ。

「お手伝いしましょうか?」

 エリザと言う心強い助っ人が名乗り出てくれた。



 そこは国王アンドレの執務室の隣の部屋。

「なるほど、部屋の様子が外に漏れないようにしたのね」

「さあ、エリザ始めましょう!」

「他のお勉強も、そのくらい積極的だと良いんですけど」

 レナは、プッと頬を膨らませた。

「だって、悔しいんだもん。ジャメルをやっつけたいもの」

「兄は手ごわいですよ」

 兄ジャメルの魔力に関しては、妹である自分が一番分かっているつもりだ。

 確かに、兄に勝てるのはレナ様だけかもしれない。

 そうなった時、レナ様の魔力が末恐ろしいものになるだろう。

「では、やってみてください。先ずは、この布の球を浮かせて……」



 エヴァはプワプワと浮く椅子を見て大喜びしていた。

 最近は、ギードと二人で飲む事が多くなっていた。

「ねぇ、ギード。凄いマジックね!」

「そうだろ? エヴァが元気になって良かったよ」

「え?」

 ギードは椅子を下し、エヴァの隣に座った。

「最近、あんまり元気がなかったから心配してたんだよ」

「本当に? 何か嬉しいな」



 本当にウンザリする日々だった。

 結局、勤勉な両親の血を引いたのか、幾ら遊び歩いても仕事には向かってしまう自分が嫌だった。

 屋敷の主人は、新しいメイドに手を出す事で有名だった。

「あんたは、まだ子供だから大丈夫だろうけど気をつけなよ。ご主人と二人きりになるんじゃないよ」

 屋敷に長く勤めるメイドが、初日に忠告してくれた。

 出来るだけ、一人にならないよう仕事をしたが、それでも主人はエヴァが一人の時を狙って近づいてきた。

「エヴァ、そこの新聞を取ってくれるかい」

 主人に近付き新聞を差し出した。

 が、主人が伸ばした手の先は新聞では無く、エヴァの胸だった。

 主人のゴツゴツした手が、エヴァの胸にいやらしく触れた。

「いや!」

 エヴァは手にしていた新聞を落とした。。

「思ったほどは小さくないな」

 主人は、何事も無かったようにエヴァの落とした新聞を拾い読み始めた。

 これが始まりだった。

 すれ違う度に、お尻や胸を触られた。

 どんどん自分が穢れていく気がした。

「エヴァ、嫌だったら辞めたら良いんだよ。何も無理してここで働く必要ないだろう」

 他のメイド達は心配してくれたが、やっと決まった仕事を喜んでくれた両親の手前、辞められなかった。

 そして、その気を晴らしてくれるのは居酒屋で飲む酒とギードだった。

 レオンに酔っ払っているのを見つかった翌日、エヴァは酒が残ったまま屋敷へ向かった。

 主人は、直ぐに気が付いた。

「エヴァ」

 主人の寝室の掃除をしている時、うっかり一人になってしまった。

 主人は寝室の扉を閉めた。

 背後から抱きしめられ、ベッドに押し倒された。

「酒の臭いがするな。まだ十四だろ」

 そう言いながら、エヴァの身体をまさぐり始めた。

「止めて下さい!」

「騒ぐとクビにするぞ」

 主人の臭い息がエヴァの顔にかかる。

 エヴァの事を、無理しても働く必要の有る家庭環境とでも思ったのか、主人は手を止めようとしない。

「やめて!」

 エヴァは、主人を突き飛ばし寝室を飛び出した。

 寝室の外には、主人の妻が居た。

 妻は、エヴァを一瞥して言った。

「何を勿体ぶってるんだか」

 その一言で、エヴァは二度とここへは来ない決意をた。



「仕事、辞めちゃった」

 もっと早く辞めれば良かった。

 何を意地になってたんだろう。

「酷い職場だったんだね」

 ギードはエヴァのグラスに酒を注いだ。

「うん」

 初めて人に話した。

 こんな事、誰にも話せない。

 でも、もしかしてレナがそばにいてくれたら、最初に胸を触られた時、相談できたのかもしれない。

 そして、レナだったら「そんな仕事辞めてしまうのよ!」と、強く言ってくれたのかも。

 今日、役場に求職票を出しに行ったが、城の試験に落ち、内定先が潰れ、勤め出した先は直ぐに辞めてしまって、役場の人も顔をしかめた。

「辞めた理由を聞かれたけど、言えなかったの」

「それに……」

「それに?」

「男の人が怖い……」

「僕の事も怖い?」

「ギードは、怖くない」

 レオンも怖くなかった。

「酷い目にあったね」

 ギードは優しくエヴァの手を取った。

「なんか、ついてないのよね、私」

 そう言うと、エヴァは涙が止まらなくなった。

「私、何か悪い事したのかな」

「悪い事なんかしてないだろエヴァは。ただ、運が悪かっただけじゃないか。なのに、こんな泣く程辛い思いをしてさ。中には、そこに産まれたと言うだけで、働きもせず幸せに暮らしてる人もいるのに。不公平だよ」

 ギードの言葉で、エヴァの脳裏にレナの顔が浮かんだ。

「ほんと、そうよね。私はただ、働きたいだけなのに」

「大丈夫。エヴァは優秀なんだから、必要としてくれる場所があるよ」

「うん」

 レオンに言われた時は、素直に聞けなかったのに、ギードの言葉は心にすんなり入ってくる。

「メイドの仕事ではないけど、僕達の仕事を、手伝ってくれないかな」

 憧れて、会いたくて居酒屋に通った、あのギードに認められた。

 それだけで、エヴァは屋敷での嫌な事を全部精算できた気がした。

「もちろん、ギードの頼みなら何でもする」

「ほんとに?」

 エヴァはギードに見つめられて、心の中が幸福感で満たされた。

「私もお願いギードにお願いがあるんだけど」

「何? 僕にできる事なら」

 今なら言える。

 凄く幸福な気分だから。

「抱きしめて」

 一瞬ギードが驚いた顔をした。

 言わなきゃ良かったかな。

 そう、思った瞬間エヴァはギードの腕の中にいた。

 屋敷の主人に穢された身体が、浄化されていく気がした。

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