初めての夜


 夕食は、シーラを迎えたお祝いでごちそうだった。

 だが、当主のいない晩餐は、どこかさびしく閑散とした感じがした。

 広い食堂に、シーラとデイオリアとデューンだけなのだ。あとは、給仕係が食事を運ぶだけ。

(かつては、この食堂がいっぱいになるほど、モアラ家の人々がいたのかしら?)

 会話もなかなか進まない。その場がどうにか保っているのは、デイオリアの話術ゆえだろう。デューンはほとんど口を開かなかった。

 シーラは、ちらり……とデューンを見た。

 彼のまだ細い肩に、この大きな屋敷のすべてが被さっているようにも思える。そのせいか、朝に感じた傲慢さは感じなかった。むしろ、疲れているのか、精彩なく見えた。 

(もしかして……さっきの話、大変なことなのかしら?)

 シーラは、デイオリアとデューンの、厳しい顔を思い出した。

(私のことかしら? それとも、まったく違う事?)



 シーラが自室となる部屋に案内された時は、既に暗くなっていた。

「今日はお疲れでしょう? ゆっくりくつろいでくださいな」

 ルナは、一通り部屋の説明をすると、出て行った。

 至れり尽くせり……の奉仕をするデルフューン家の召使いとは違った。モアラ家の人々は、自分でできることは自分でするのだ。

 シーラは、ベッドにぽんと寝転がると、ほっとため息をついた。

 だが、休む気にはなれなかった。

 だだっ広くて落ち着かない部屋である。

 しばらく天井を見つめた後、机の引き出しを開けてみたり、戸棚を調べてみたりした。

 小さな宝石箱には、高価な耳飾りや首飾りが入っていて驚いた。身につけていいのかどうか、聞きそびれた。

 衣装箱もびっしりだった。たいがいはシュリンが着ていたような豪華なものではなく、質素だった。だが、手触りのよさから、悪いものではなさそうだった。

 あちらこちらをキョロキョロしたが、そのうち、どこも見るところがなくなった。


 ――眠れそうにない。


 どうも、シーラは新しい環境では寝付けないタイプらしい。

 都のデルフューン家に出てきたときも、まったく寝付けなかった。今回も、深々と布団をかぶってみても、どうも目が冴えてくる。

「カーラがいてくれたらよかったのに。こんな夜は、本を読んでくれたものなのに」

 そこまで子供ではないわ――と思いつつ、やはり、子供だった。いろいろなことがありすぎて、疲れて、逆に興奮しているのだ。

 かつてなら、眠気を呼ぶ薬湯を運んできてくれる乳母がいた。それに、あの子守り歌の夢を思い浮かべたら、うとうとしてきて、本当に歌声が聞こえて来て、安心して眠れたのだ。

 だが、歌の本人を知ってしまえば、夢は現実になってしまった。眠るどころか、デューンのことを考えると、ますます頭が冴えてきてしまう。

 少しうとうとしだしたが、とたんに恐ろしい状況が目に浮かび、またまた目が冴えてしまった。

 戦争――剣を振るう王。燃える髪。弓を引くデイオリア。疾走する馬。

 今日、見聞きしたものが、一挙に頭の中を駆け巡り、どうしてもシーラを不安に陥れ、眠らせてくれないのだ。

 馬車酔いして、デイオリアの部屋で昼寝してしまったことも、影響しているのかも知れない。

 どっちみち、眠れないのだから――。

 シーラは、諦めてベッドから這い出した。

 都のデルフューン家でもしたように、窓から外を眺めてみた。

 都では、煉瓦の壁が見えたが、田舎のここは、夜は何も見えない。おそらく、庭があるのだと思うのだが……。

 だが、一本の木とその周りだけがかすかに見える。どうも、木の陰になっているが、松明が灯っている場所があるらしい。

「警備のためかしら? それとも……」

 眠れない夜に、好奇心の強さ――とくれば、冒険しかなかった。

 シーラは、急いで着替えると、小さな燭台を持って部屋を出た。

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