第51話

夢の恋人


 古風な儀式のように、管制の声が耳あての中で機械的な言葉を繰り返す。

 神経質に明滅する計器に囲まれてそれ以外何も見えない空間の中、彼は休みなく計器盤を操作する。

 目もくらむばかりの光を照り返して、三つ子の太陽に照らし出された空に向かってそそり立つ銀嶺。

 岬の付け根に設えられた発射塔は噴き出される蒸気と火炎に押し上げられんばかりになって頼りなげに震える。

 やがて、白煙とともに銀色の雷が中空へしずしずと解き放たれる。

 次第に速度を増す銀の槍。

 逆光の中それを遠く見やる二つの影。

港に停泊したキャビン付きのボートのデッキ。潮焼けした粗末な椅子の背にもたれ、煙たなびかせて空を駆け上がる光の点を黙って目で追う男。


狂乱する計器盤。沈黙することのない管制の声。

唸りを挙げて揺れる狭空間。

彼は、必要最小限の操作だけをして、縛り付けられたシートの中に身を縮ませる。

所狭しと並ぶ計器。その隙間に置かれた小さな写真盾。明滅するランプに浮き上がるのは、色鮮やかな衣装に身を包んだ端正な顔立ちの女性。まっすぐな目でじっとこちらを見つめ、微笑む女の肖像。


中空に巨大な生き物のような白煙を残し、遥か上空に消えていく光点。男はそれを見切るとおもむろに口を開く。

「行くぞ」

 デッキに腰を下ろして、ポカンと空を見上げていた少年は、はじかれたように立ち上がるとキャビンに飛び込んだ。

「いつでもいいよ、船長」

 エンジンが唸りを挙げる。

 男は立ち上がり、舵を握る。

 浅黒く日に焼けたその顔には、深い皺が刻み込まれている。

 白いものの混じり始めた男の髪が、風に踊る。

 するすると桟橋を離れ、反転し、勢い良く斜めに湾を突っ切って走り去るボート。

 海は水平線の向こうまで満々と水を湛え、その上空、光り輝く銀の点目掛けて白い龍が駆け上っていく。

 振り返れば、島の中腹に白亜の城が、陽光に一際白く浮かび上がる。

ボートは岬の端をかすめ、外海へと歩み出る。

水面(みなも)に残る一筋の軌跡。

降り注ぐ三つ子の太陽、その光が、折り重なって、はじけた。




私は…俺は、何年ぶりかに日の光の下に女の肖像画を引っ張り出す。


人の世は巡る心の夢の未来

未来は私の手の上に


おわり


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夢の恋人 捨石 帰一 @Keach

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