第73話 宴の終わり(3)
時間にしてほんの数分程度の応酬は、凄惨な戦いとなった。
八尋の身体はとっくに限界を迎えていた。身体強化のレベルに、強化されているはずの身体自身がついていけていなかった。腕を振り足を繰り出すたびに、筋肉が断裂し骨が砕ける。身体は壊れたそばから回復し、次の攻撃でまた破壊されるのを繰り返す。
一方の花も、最低限の回避や防御だけ行い、残りの全てを攻撃力に振っていた。八尋の攻撃を受けた部位の肉が削られ骨が折れても、構わずに殴り返してくる。強化が剥がされているはずの彼女の攻撃は、それでも重く、速く、鋭く八尋を打った。彼女の拳も足も打撃と同時に自壊し、引き戻された時には復元されて次の打撃へと送り出される。
互いに血みどろになりながら容赦なく必死必殺の攻撃を交わすやりとりは、唐突に終わりを迎える。
八尋を打ち、砕けた花の左手が回復しなかったのを、八尋は見た。花も自分の拳を一瞥し、わずかに表情を変える。
回復の限界を迎えたのだ。
そう気づいたところで、半ば反射的に行っていた八尋の攻撃は止められなかった。
直撃の寸前、花が小さく笑ったのを、八尋は見た。
八尋の拳が花の腹部に突き刺さった。
腕を引き抜くと、花は血を吐きながらその場で膝をつく。
「……やるじゃん、八尋」
そう言って彼女は八尋を見上げた。腹から血を流し、口からも咳き込むように吐血しながら、笑みを浮かべている。
八尋は血まみれの自分の腕をしばし呆然と眺めた。真っ赤に塗れて光るその手は、なんだか別の生き物のようだった。
「……花」
はっとした八尋は、名前を呼びながら膝をつき、彼女の両肩を支えるように手を添えた。
花の目の色が変わったと気づいた時には、彼女の右腕が八尋の左胸を貫いていた。
「詰めが甘い」
花の言葉を聞きながら、八尋は横倒しにゆっくりと倒れる。
「手痛い反撃があるかもしれないから、最後まで油断せず備える。しっかり殺す。こういうのを、残心っていうんだよ。大事な心構えだから憶えておこうね」
口から血を溢しながら穏やかな顔で講釈を垂れる花を、八尋も血を吐いて倒れたまま、横目で見上げた。潰された心臓が急速に回復していくのを感じる。
だが八尋にも時間切れがきた。
リバウンドが始まった。
先に体験したそれよりも遙かに強烈な苦痛に身体が跳ねた。八尋の意識は一瞬で飛びそうになる。
「……リバウンド、つらそうだね」
悶絶して身をよじる八尋の目に、自分を心配そうに見つめる花の様子が映った。
俺のことを気にしている場合か。おまえだって、今にも死にそうじゃないか。そう思ったが声にならない。
「でも、よく頑張ったね。花マルをあげよう」
花が八尋の頭を撫でる。
「……な、ぜ……」
なぜ、とどめを刺さない。
朦朧とし、息も絶え絶えになりながらようやく口にした疑問。
八尋は花の笑顔にその答えを知った。
「ああ、楽しかった──」
そう呟いて、花は塵となった。
消えた彼女の背後に、鉄骨を下りた狼と夜空が立っていた。
塵になった花の生命、その光が、夜空の身体の中へするりと入っていくように八尋には見えた。
夜空の頬に涙が一筋流れる。夜空は自分の頬を触ってそれを確かめると、唇を結んで花が最期にいた大地をじっと見つめていた。
八尋の視界が暗転する。限界が来た。
意識が遠のいていく中、八尋は花への文句を思っていた。
畜生。最期に礼くらい、ちゃんと言わせろよ。
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