第31話 分析
「整理させてもらえるか」
翌朝、七時三十九分。天候は曇りで、分厚く黒い雲が頭上の空に広がっており、時折ゴロゴロと雷の鳴る音がしていた。いつ雨が降り出してもおかしくなかった。だが離れた空では雲が切れて青空が覗いているのも見える。雷雲はここの上空にだけ浮かんでいるようだった。
八尋はテーブルを挟んで夜空と向かい合う形で畳の上に座っていた。
「夜空のギフトの発動条件について」
八尋は用意したノートに「条件」と記入し、続けて「1:夜空に触れること。」と書いた。
「触れた相手には呪いがかかり、卒倒してから数時間後に死ぬ。死んだ相手の身体は塵になって消える。間違ってないかな」
「はい」
夜空が頷く。
八尋は今確認した内容を記入しようとして、ふと思い出す。
「あの坊主頭の強盗はすぐに塵になったように憶えてるんだけど」
「彼は私を殴りましたから」と夜空が答える。「私を攻撃すると即死します」
「……なるほど」
八尋は少し考えて、「夜空に直接触れないように攻撃するとどうなる? たとえば銃で撃つとか、棒で殴るとか」と訊ねた。
「同じことです。私に触れたかどうかではなく、攻撃を引き金に呪いが発動します」
「……なるほどね」
それ以上の言葉が出てこなかった。ペンを走らせ、ノートに「2:夜空を攻撃すること。※即死」と記す。
「三つ目の条件が、夜空のそばで一定時間経過すること」
自分の言葉を書き写しながら八尋は続ける。
「母屋の周囲にある植物が死滅、というか消滅か。その消された距離を計測した結果、影響範囲はおおよそ半径十メートルと推計される。この範囲内にいる生物を対象に呪いが発動する、と。発動までの猶予時間はわかるか」
「二十四時間です」と言ってから夜空はふと目を伏せて、「訂正します。私に触れた時と同様に卒倒するまでの時間で言えば十二時間です。そして倒れてから十二時間で消滅します」と言い直した。
「倒れたあとは手遅れで、呪いの解除はできないのも同じか」
「ええ。必ず死にます」
「実質のデッドラインは十二時間ってことか」
八尋は部屋に掛かっている壁時計に目をやった。夜空の話では、八尋が意識を失ったあと花と一緒にこの母屋を訪れたのは午後七時半頃だったという。それから二十四時間経過したため、呪いが発動し周辺の植物が消滅、それに気づいた狼が八尋に連絡してきたということだろう。
「影響範囲を出れば経過時間はリセットされるのかな」
「それは……よくわかりません。私と複数回出会った人間は、最後に接近してから倒れるまでの時間が短かったように思いますが、計測したことはありませんので。申し訳ありません」
謝る夜空に気にしないよう八尋は声をかける。
「その辺りはこれから把握を進めよう。自分の能力を知ることはきっと今後の助けになると思うから」
夜空はこくりと頷き、「それなら一つ、お伝えしておきたいことが」と話し始めた。
「私の能力が発動対象を定めた時──長時間経過して倒れた時や、私に触れたり攻撃したりした時ですね──その時、相手の生物と私の間には〝繋がり〟ができます」
「繋がり?」
八尋はノートに書き写す手を止めた。
「ええ」
夜空が再び頷く。
「抽象的で申し訳ないのですが、相手と繋がっている実感、としか言いようのない感覚が私に起こります。そして、彼らが塵に還る時、その見えない糸を辿るようにして命のエネルギーが私の中に入ってくるのです」
「繋がり、見えない糸、か……」
八尋は呟きながら単語を書き留める。
ふと気づいたことがあり、「一度かかった呪いは解除できない、だったよな」と確認した。
「そうです」
「つまり、繋がりができると手遅れってことか」
「そうなりますね」
今度は夜空が「あなたの吸収する力で、私と対象の間にある繋がりを切って呪いを解くことはできないのですか」と質問してきた。
八尋は首を横に振る。
「実体のない攻撃とは相性が悪いんだ。たぶん無理だろう」
とはいえ念のため確認をしてみることにした。夜空と表に出た八尋は、消滅の範囲外で生き残っていたコスモスに目を付けた。
「ちょっとこれに触れてみてくれ」
言われるまま夜空が花弁に指でちょんと触れる。外見上変化はなく、人間のように卒倒するわけでもないから呪いがかかったのか八尋にはわからなかったが、「繋がりはできています」と夜空が言うので間違いはないのだろう。
今度は八尋が花弁に触れる。花弁だけでなく茎や葉を含め全体をくまなく触れてみる。更には手で花を包み隠してみたり、コスモスと夜空の間の空中に手刀を入れてみたりしてみる。
「どうだ」
「繋がったままですね」
「駄目か」
やはり八尋にも呪いを解除することはできないようだ。
夜空は花の傍らにしゃがみ込むと、タンポポの茎を摘まんだ。そのまま摘まんでいると、すぐにタンポポは塵となって消える。触れ続けると消滅までの時間が短縮されるらしい。
しかし、必要だったこととはいえ、命を失わせたことに八尋は後ろめたい気持ちを抱いた。ごめんなさい、と胸の内でタンポポに謝罪する。
部屋に戻り聞き取りを再開したが、夜空から聞き取れる内容は概ね出尽くしていたようなので、夜空に礼を言ってヒアリングを終了した。
「ありがとう。参考にするよ。今後も、何か気づいたことがあったら小さなことでも知らせてもらえると助かる」
夜空は「わかりました」と短い応答をした。相変わらず表情はほとんど変わらないが、少し彼女のことがわかってきたような気もする。能力について整理ができたからだろう。
「それじゃ、俺はちょっと走ってくるから、帰ってきたら朝食にしよう」
そう言って立ち上がろうとした八尋の顔を夜空がじっと見ていた。
「何?」
「あなたは何か訓練を受けているのですか」
夜空が唐突な質問をしてきた。
「先日、襲ってきた相手を即座に制圧していましたね」
「ああ、あれか」
単独犯の強盗を倒した時のことだろうと八尋も理解する。
「俺の仕事は荒っぽい現場に遭遇することも多いからね。俺の能力は相手のギフトを吸収して初めて身体機能が強化されるものだから、強化できるまでの間や普通のヒトを相手にする時は自分の身体だけが頼りになってしまうんだ。だから鍛えてはいるよ。あとは格闘術を少し」
「努力しているのですね」
淡々とした声で事実のみを述べるように話す夜空に、かえって照れくさくなって「まだまだだよ」と言いながら八尋は頬をかいた。
その時、聞き慣れない呼び出し音が部屋に鳴り響いて、八尋はびくりと身体を震わせた。
じりりり、と激しい音のするほうへ顔を向けると、隅にある小ぢんまりとした和箪笥の上に置いてあった黒電話が鳴っていた。インテリアかと思っていたのだが、回線が生きているらしい。使えるのかと驚き、訝しみながら受話器を上げる。
『橘か』
男の渋い声がした。
「……狼か?」
声の感じから推量して八尋は問いかけた。
男は構わず『話がある。離れに来い』と自分の要件を伝えてくる。こちらの質問には答えなかったが間違ってはいなかったらしい。
八尋が要件を訊ねるより先に、狼は『仕事だ』と言い残し電話を切った。
「珍しいですね」
夜空がいつのまにかそばにきて電話を眺めている。
「久しぶりに目にしました」
「昔の電話だろ。実物を使ったのは初めてだ」
「そうでしょうね。私も最後に見たのは三十年近く前だったと思いますから。あなたが産まれる前です」
会話の内容はなんてことのない、ただの昔語りだ。だが八尋のそばにいる夜空は少女にしか見えないので、どこか不釣り合いで奇妙な感じがしてくる。
夜空は本当に永い時間を生きてきたのだなと、八尋は妙な実感をもって感じた。
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