第26話 母

 八尋は颯汰とちゆきを中庭に連れ出して、兄妹の母親が帰ってくるまで一緒に遊びながら待つことにした。部屋の扉にその旨を書いた母親宛の張り紙をして、廊下から中庭に続く扉をくぐり外へ出る。

 中庭と言っても手入れされていない芝生があるだけの広場だ。しかし二人はそこを元気に駆け回った。

 先ほどまでとは打って変わって年相応にはしゃぐ姿を見て、八尋は少しだけほっとする。今度また様子を見に来る時には何か遊具を買ってきてあげよう。

 ほどなくして、兄妹の母親、あずさが戻ってきた。

 何か気配を感じた気がして振り向くと、南棟の廊下から窓越しに兄妹を見つめる彼女の姿があった。八尋は少しの間、二人を見守るあずさの顔を見ていた。

 八尋に気づいたあずさは苦い顔をした後、顔を逸らして廊下を進み出した。八尋は兄妹に声をかけて東棟の廊下へ戻る。

「勝手なことをして申し訳ありません」

 家族の部屋の前で、八尋はまずあずさに謝罪して頭を下げた。怒られることも覚悟していた。

「どいて」

 あずさはそれ以上言わず、横にずれた八尋の脇を通って扉に向かう。先ほど八尋が扉に貼った紙に気づき、チッと舌打ちして乱暴に剥がすとそのまま部屋へ入ろうとする。

「あの」

 声をかける八尋。あずさが足を止めてじろりと睨んでくる。怯みそうになるが、意を決して「何かあればいつでも相談してください」と伝えた。「その紙に、俺の電話番号書いてありますから」

 あずさは手にしたクシャクシャの紙を一瞥する。その場に捨てられたらどうしよう、と八尋は頭をよぎったが、彼女はそれを手にしたまま部屋の中に入っていった。ほっと息を吐き出す。

 兄妹が母の後に続こうとして、しかし八尋の顔をちらちらと見ている。どうしたらよいのかわからない様子だった。八尋が微笑んで「またね」と手を振ると、二人もようやく笑顔を見せて「ばいばい」「またね」と手を振り返してくれた。

 二人がくぐった扉が閉まり、鍵がかかる音がした。

 シェルターを後にした八尋は、廊下から兄妹を見つめていたあずさを思い出していた。

 二人を見る彼女のまなざしに慈愛のようなものを感じたのは、そうあってほしいという八尋の願望が見せたものだろうか。考えても、八尋にはわからない。

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