第49話 中身はなんだ?
ここゲラ火山に君臨する、最強モンスター・
虎太郎が監禁されているロッジまで、あと一歩のところまで迫りながら、俺とユウ君は、不運にもこの怪物とエンカウントしてしまった。
迷わず撤退を判断した俺たちは、運よく近場の洞窟に逃げ込むことができた。
だが、その出入り口に皇鳥が居座ったことで、俺たちは軟禁状態に陥る。
しかも、俺たちの周囲で、奇怪な音が響きはじめたのだった。
――シャリシャリ。
奇怪と表現したものの、音の正体そのものは明白である。
山の斜面に敷き詰められた、無数の赤砂利が、表面をこすり合わせているだけだ。
ただし、当たり前のことながら、石つぶ同士が自発的に身を寄せ合うはずがない。
「何かが……いる」
地面に力を加えている第三者。
しかし、俺たちの視界に動くものの姿はない。
洞窟に入りきらない皇鳥の巨体は、身じろぎひとつせず、こちらの隙をうかがっている。
陽はいつしか傾き、山中は夕焼け色に染め上がっていた。
「もしかして、単なる地鳴り?」
ゲラ火山が活火山なら、そんな可能性も無くはないだろう。
俺の楽観論は、ユウ君に一蹴される。
「鳴っているのはそばの砂利だけだ。気を抜くな。透明人間みたいなモンスターが、私たちのすぐそばにいるのかもしれん」
「う……」
俺は、細心の注意をはらって辺りを観る。
幸いにして、殺伐とした風景の中に、注意を払うべきものは少ない。
なんら動きを見せない皇鳥。その止まり木となっている岩柱。最後に岩柱の根元に転がる、いくつかの大岩。
一つ一つを、くりかえし、何度も見やる。
「ん?」
「あれ?」
俺とユウ君の視線が、大岩の一つで交わった。
「う……ごいている?」
「……みたいだな」
ごくわずかではあるが、岩の塊が動いている。
わずかづつ、わずかづつ、皇鳥から遠ざかる方向へと、微動している。
やがて、こちらの視線に気づいたのか、ハッとしたように岩が動きを止めた。赤砂利の音も止む。
「……」
「……」
俺たちはあえて視線を外す。
また、岩石が動き出し、そのリズムに合わせて、地面の赤砂利も鳴る。
なかなかに珍妙なクイズではある。
だが、さきほど岩盤地帯を登ってきた俺たちは、すでに大きなヒントを得ていた。
「分かった!」
「そういうことか!」
ユウ君の行動は素早かった。
「【
魔法の小窓を立ち上げる。
映し出された初期画面を、手早くアイテム選択画面へと切り替えた。
手にしていた、緊急脱出アイテム・〈
彼女の手には、紅石をリンゴ型に加工したような一品が、赤々と輝いている。
「見た目通りに〈
ユウ君が、枝を模したピンを抜くと、
「それ」
紅の林檎が、茜空にアーチを描いた。
その軌道を、皇鳥がじっと目で追う。
〈
紅石の内側から炎が噴き出し、たちまちに大岩を呑み込んだ。
「こ、攻撃アイテム!?」
炎の輻射熱から顔を守りながら、俺が言う。
「便利だろう」
ユウ君が言うには、このゲーム世界には、多彩なアイテム類が存在し、それらは冒険を進める上で欠かすことができないものだとか。
アイテムは攻撃用のみならず、防御用、回復用、飛行などの各種サポート用など、多岐にわたる。
「へえ」
そんな会話をしている間に、炎はさらに勢いを増す。
「でもさあ、そんなに便利なものがあるなら、昨日使ってくれたらよかったのに」
「ん?」
俺が問題にしているのは、展望タワー〈ミリオン〉で、怪盗団と交戦した一幕であった。
「火属性のアイテムがあるんなら、水属性もきっと持ってるだろう」
「そりゃあな」
「それを使えば、あのイカれた〈炎烈士〉の火責めから簡単に逃れられたのに」
俺の指摘に、ユウ君は苦笑を返してよこす。
「ゲーム世界のアイテムは、現実世界では使えないんだよ」
この世界の極めて重要なルールを、今更ながら知らされた。
「そうなの」
「厳密には、アイテムを取り出すための【
ユウ君は、「ま、『
えんえんあぶり焼きにされつづけた大岩が、ついに音を上げた。
文言通りに声を上げたのだった。
「シャシャシャシャ!?!」
「ああ」
「やっぱりか」
悲鳴と同時に、岩殻が開き、内部に収納されていた本体が、可変しながら姿を現す。
岩の擬態を解いたその姿は、俺たちのよく知っているモンスターのもの。
「
岩塊に姿を変え、不用意に近づいた人間を食する、タチの悪いモンスター。
「さっきの岩石地帯から迷い込んだのか?」
「案外、悠々自適の散歩中だったのかもしれん。どっちにせよ、皇鳥に追いかけられる、私たちとばったり出くわしたワケだな」
突発的な緊急事態を前に、モンスターは、持ち前の擬態を駆使する。
ところが、人間たちは目の前の洞窟に逃げ込み、こともあろうに皇鳥もまた、その傍らに居ついてしまう。
実際に目の当たりにした訳では無いが、他のストーリーは考えづらいだろう。
「なんて運の悪い。俺たち以上だ」
俺は、憐れみの眼差しを、毒の尾をばたつかせて逃げるモンスターに捧げた。
「――」
皇鳥が、凍るような視線で、俺たちのいる洞窟と可変蠍を、交互に見る。
自然界では、餌の選び方には一定の法則がある。
『より弱いものを狙え』
これは、陰湿ないじめっ子のターゲット探しの法則ではなく、あの百獣の王のライオンも実践している、由緒ある法則である。
自然界なんてのは、ハイリスクの極致みたいな世界だ。
本来上位者であるはずの肉食動物だって、商売道具の牙や翼に傷を負ってしまえば、明日には餌の立場に転落する。
だから、自分の生存を考えれば、より反撃の恐れが少ない相手を狙わなくてはならない。
昔、なんかの漫画で読んだから間違いがない。
(ゲラ火山ダントツの最強生物とは言え、その辺は一緒……のはず)
皇鳥にとっては、この山の全ての生物が弱者でしか無い。
だが、ユウ君が相手では万が一が起こりうる。
死に物狂いの反撃が、命にまでは届かなくても、翼やクチバシをへし折られる可能性は、理解できていたはずだ。
強者だからこそ。
数秒ほどかけてリスク判断を済ませた皇鳥が、岩柱を蹴った。
「シャ~~~~~~ッッ!!!!」
その足爪の餌食になったのは、やはり可変蠍である。
もがく獲物を、足爪がたやすく圧殺する。
皇鳥は、もう俺たちになど興味を示さず、現われた時と同様、とてつもないスピードで飛び去っていった。
夕日を乱反射する朱色の光点が、山頂に流れていく様を、
「――」
俺は、片手で拝みながら、見送っていた。
「なんで祈る?」
「いやね……。あの可変蠍の奴にエグいことをしたなと思ってさ」
結局、俺たちは、自分の身に降りかかった不幸を、より運の悪かった奴に全部おっかぶせてしまったワケである。
「自然界では当然のことだろうけどさ。後味がかなり良くない」
せめて人間らしく、冥福を祈るくらいはしてやろうと思ったのだ。もちろんそれが自己満足でしかないことは承知しているのだが……
「くくく」
ユウ君がまた笑った。
「二、二回目だよ。さすがにヒドくない」
「はははは」
「もう」
殺伐とした世界に似合わぬ、爽やかな笑い声が木霊した。
『本当に珪ちゃんは何も変わっていなかった。
ユウ君の言葉の意味はよく分からなかったけど、訊いている暇は無かった。
夕暮れ刻が終わり、夜の
無人のはずのロッジに、不意に明かりが灯った。
まるで俺たちを迎え入れるように。
あるいは待ち受けるように。
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