第48話 起死回生

 状況は最悪に近かった。


 虎太郎の囚われているロッジまで後わずかというところで、ゲラ火山のボスである『皇鳥オオトリ』と出くわしてしまう。


 このボス・モンスターは、ゲラ火山の上空をランダムに飛翔しているらしく、広大な山中において、そのエンカウント率わずか0.5%。


 SSRユニット輩出率みたいな数字を、一番引いてはいけない場面で、見事引き当てたわけだ。


 間一髪で近場の洞窟へ逃げこめたものの、出入り口に皇鳥が居着いてしまって、俺たちは事実上の軟禁状態に陥った。


「くそう!」


 身動きの取れないいらだたしさから、壁面を蹴りつけるが、強固な岩壁に、むしろ俺の足がダメージを負う。


「いたたた。ちくしょう」


「焦るな。じれたところで、どうにもならん」


 俺と同じ立場にありながら、ユウ君は落ち着き払っている。


「だ、だけどさあ――」


「身動きができなければ、頭を回せ。この状況を打破するアイディアを出すんだ」


「そうは言っても……」


 俺は、洞窟の出口に居座る皇鳥を、あらためて見た。


 垂直に伸びた岩柱が、皇の名を冠した鳥の、かりそめの玉座となっている。


 モンスターの姿形フォルムは、タカやワシなどの猛禽類を大型化し、攻撃的アレンジを加えたもの。


 目を引くのは全身を覆うその輝き。まばゆいばかりの輝光を体中から放っており、それが天空から舞い降りる姿は、まさに天照アマテラスの光臨を思わせたものだ。


 もっとも、奴は神どころかモンスター。その輝きにタネがあることは、静止した状態では一目瞭然である。


(奴の羽根は金属でできているんだ)


 金属は太陽光を全反射し、あたかもそれ自身が光放つように見える。


 ただ、それだけのこと。


(だが、強い。とてつもなく強い)


 その点においては、トリックも偶然フロックもない。


 全身に金属おもりをまといながら、あれだけの高速飛翔をするなど、戦闘機以上の機動性である。


(しかも、全身を金属で覆っているってことは、防御力も攻撃力も抜群ってことじゃないか)


 かつてユウ君と篠原会長を破ったのも、納得と言えた。


「―――」


 皇鳥は、まばたき一つせず、洞窟の出口を見つめてくる。


 俺は、その視線から逃れるように、洞窟奥に戻った。


「なにかアイディアは浮かんだか?」


 問うてきたユウ君に、


「アレをどうこうできる方法なんて、思いつけるわけない」


 情けなくも、自虐的な言葉を返した。


「なら、諦めるか?」


「とんでもない!」


 俺は大声を発した。


「俺たちは絶対に虎太郎を助けだす。そのためだったら、どんな不可能にだって挑んでみせるさ」


 俺は意気込みを熱く語るが、その後がよくない。


「でも、そんな方法、まるで検討がつかない。はああ」


 しおれるように、その場にしゃがみこんだ。


「俺たちが進むも退くもままならない、どん詰まりに陥ってしまった」


 俺の低学力に分かるのは、それくらいのことである。


 ……ただ、残念なことに、それすらも正しくはなかったようである。


「え? 退くことができない?」


 ユウ君が怪訝な顔になる。


「ああ、そうか。珪ちゃんは知らないのか」


 その後、何やら一人で納得した。


「な、なんの話?」


「このゲーム世界の大事な要素、『アイテム』について、伝えそびれていたっけ」


 言うと、ユウ君は「【ウインドウ】」と唱えた。


 彼女の顔の隣に、小窓サイズの画面が浮かび上がった。


「それって、トモロ平原で、ステータスの見せっこをしたスキルじゃないか」


 俺の『魔法戦士』がハズレジョブであることが、この画面上の数値で明らかにされてしまったのだ。


「そんな画面閉じちゃってくれ。ステータスなんて見てる場合じゃない」


「この【ウインドウ】の機能はそれだけじゃないんだ」


 ユウ君は、画面に表示されているアイコンのうち、麻袋が描かれている一つに触れた。


 ポン、と音を立てて、画面が切り替わる。


 九つの正方形が、3×3で並んだ映像が表示されていた。


「見てろ」


 ユウ君が、真ん中の正方形に手を触れた。にゅっと、画面を波打たせて、腕が潜り込む。


「え!? えええ!」


 俺は画面の裏側に回り込むが、もちろん彼女の腕は見当たらない。


「ど、どうなってるの? それ」


 ユウ君が腕を画面内から引き抜く。その手に宝石のようなものを握りしめていた。洞窟内部が、清廉な光で充たされる。


「この輝きって――」


 見覚えがあった。


 今回ゲーム世界に飛び込んだときのスタート地点。


「それって『光晶の洞窟』に生えてた結晶だよね?」


「『光晶クリスタル』だ」


 このゲームきっての重要アイテムの名前を、俺はようやく知ることとなった。


「この光晶の内部には膨大な魔力と、そして一つのスキルが内蔵されている」


「モ、モノにスキルだって」


「この世界には、ごく稀にそんな物質があるんだとか」


 天然自然の産物でありながら、魔法スキルを有する物質については、この世界においても未解明の部分が多いらしい。


 もっとも未解明だろうがなんだろうが、有用なものは使うのが人間だ。それはこの世界でもなんら変わらないらしい。


 シエナ地中に無尽蔵に埋まっているこの鉱石は、その内蔵スキルが極めて利便性の高いことから、冒険者たちの旅に欠かせないものとなっていると言う。


「そ、それはいったい、どんなスキルなんだい?」


「【転移ワープ】のスキルだ。字面で想像がついたとは思うが、これは使用者を別の場所に空間転移させることができる」


「す、すごい!」


 地獄に仏とはこのことである。


「それがあれば、この洞窟から脱出できる。皇鳥から離れたところに転移して、一気にロッジに駆け込んじゃおう」


「……それが、世の中そこまで上手い話はなくてな」


 ユウ君が表情を暗くする。


「光晶で転移できる地点は、あの『光晶の洞窟』と決められているんだ」


「シエナの地下の!?」


「そうだ」


「どうして!?」


「仕様としか言いようがない。タコの足が八本と決まっているように、この自然結晶が生来そのように出来ている」


「でも、それじゃあ意味が無い」


 歓喜に思わぬオチがつき、俺は落胆を隠しきれない。


「まったく意味が無いわけじゃない。少なくとも、この場を脱することはできる」


「それはそうだけど。……その後は?」


「もちろん、一から山登りのし直しだ」


「……それは難しいよ」


 それは、体力的な意味合いだけで無く、むしろ時間的にだ。


(72時間の壁だったか?)


 災害時の人命救助は、72時間を超えてしまうと、救命率が大幅に下がるとかどうとか。


(自然災害が72時間なら、拉致監禁されている人間が、心に傷を負わずに助けられるのは、いったい何時間だ?)


 72時間より長いと言うことはないだろう。しかも今回は、苦痛を伴う尋問をされている恐れがある。


(事件発生からすでに5時間は経っている)


 すでに遅すぎることだって考えられるのだ。


「ユ、ユウ君」


「ん?」


 想像するだけで全身が震え出すセリフが、今、俺の喉元にある。


 なけなしの勇気を全身からかき集めて、やや声を上ずらせながらも、俺は、それを吐き出した。


「俺を囮に使ってくれ。俺が皇鳥の注意を引いている隙に、ユウ君がロッジに向かうんだ」


 言うまでもなく、俺の命をかけた作戦である。


 俺の膝は無様に笑っていた。


 だが、俺は発言を取り消さない。


 ついさっき、自分の命とプライドを秤にかけて、俺はためらいなくプライドを放り捨てた。


 それが間違っているとは今も思わない。


 だが、自分の命と、虎太郎の命を秤にかければ、非常にきわどい差ではあるが、わずかに友達の命が優先される。


 それも、真実の新山珪太の一面だった。


 じっとユウ君の瞳をのぞきこんだ。


 内心、『そんな無謀なことはさせられない』と言ってくれないかと思いつつ、同時にそんな事を思う自分を恥じ入りつつ――


 ユウ君の反応は俺の想像をすべて裏切った。


「――ぷっ、あはははは」


 爆笑である。


 俺のありったけの勇気が、嘲られた。


「そりゃ、あんまりじゃないのか!」


 俺が泣き声を上げるのも当然だろう。


「お、俺は、精一杯、誠心誠意、命がけで、言ったのに! それを笑うなんて?!!」


「あ、いや、その」


 ユウ君もさすがに自分の落ち度に気づいたのだろう。


「す、すまなかった」


 手を合わせて頭を下げる。


「う、ううう、あんまりだ」


「け、けして珪ちゃんの覚悟を冒涜したわけじゃないぞ」


「でも、笑った」


「笑ったと言っても、あれだぞ。おかしくて笑ったんじゃ無い。嬉しくてだ」


「は?」


「なんていうか、昔の珪ちゃんのまんまだなって。5年ぶりに会って、色々変わったように見えたけど、一番根っこの部分はそのままなんだなって」


「それが嬉しい?」


「ものすごく、な」


 ユウ君の顔は、女神のような慈愛に溢れている。


 俺は怪訝な気分で、それを見ていた。


「さて」とユウ君が顔を引き締める。「珪ちゃんの決意には敬意を払うが、その提案はとうてい受け入れられない」


「ど、どうしてさ!」


「言ってることがメチャクチャだ。私たちはトラ君を助けに来たんだぞ」


「だ、だからこそ」


「トラ君を助けだすために、同じく仲間である珪ちゃんを見捨てろって言うのか?」


 仲間一人の命を救うために、別の仲間一人を犠牲にする。


「そりゃあ、数学的に何の意味も無いだろうが」


「す、数学的とか言わないでくれよ」


 算数すらまともに納められなかった人間には、その言葉は刺々しすぎる。


 もっとも、1マイナス1がゼロであることくらいは、俺にも理解できた。


「でも、また一からやり直しなんて――」


「だが、他に方法は無い。少なくとも、私に名案はない」


「お、俺にも妙案は無い」


「だろう。だったら、むしろ素早く気持ちを切り替えた方が、トラ君のためになるかもしれない」


 ユウ君が〈光晶〉を握った手に力を込める。


〈光晶〉は自らが砕け散る瞬間に、そのスキルを発動させるという。


「あ、あと10分、あと10分だけ時間をくれ」


 他人の計画に反対するときは、代案を用意するのがマナーである。それを持ち合わせていない俺に、本来発言権はないのだが、あまりに大きすぎるタイムロスを、簡単には受け入れられない。


「……10分だけだぞ。それが過ぎたら、一切の延長は無い」


「わ、分かった」


 ユウ君が、洞窟奥の岩に腰かける。俺は出入り口へと走った。


 外部の状況をもう一度観察する。


 いつの間にか刻は流れ、空は夕焼け色に染まっていた。全身金属の皇鳥が、太陽の朱をはね返して、ギラギラと輝く。


 俺は、周囲に目を凝らす。


 皇鳥の止まり木となっている岩柱。岩柱の根元に転がる岩々。なだらかな傾斜地である地面。地面に敷き詰められた山砂利。


 何かこの状況を打開できるヒントを求める。


 ――――だが、無い。


 事態を打開する端緒は、まるで見つからなかった。


 時間だけが無為に過ぎていく。


(ああ……、どうして俺はこんなに頭が悪いのか)


 暗澹あんたんとした気持ちで、目をつむった。


 ――リ


「ん?」


 俺は耳をすませた。


 シャリシャリ。


「砂利が鳴ってる?」


「珪ちゃん。そろそろ時間だぞ」


 ユウ君が、光晶を握ったまま、俺の隣に立った。


「気持ちは分かるが、これ以上の猶予は――」


「ユウ君、この音に気づいてた?」


「ん? 音? ……ああ、本当だ。砂利が小さく鳴っているな」


 小さな石粒同士がこすれ合って、この音を立てている。


 それ自体は特に不思議でも何でもない。


 問題は、何が砂利に力を加えているか、ということである。


「皇鳥が身体を揺すっているんだろ」


「いや、あの巨体が揺れたら、こんな音じゃすまないよ」


「……それもそうだな」


 俺たちは洞窟の周囲を見渡した。


「動くようなものは何もないな」


「ああ、皇鳥がつかまっている岩柱と、その根元に転がっている岩くらいしか……」


「あれ、あの岩――」


「――」


「――」


「あっ!?」


「そうか!!」


 俺たちは同時に気づいた。


 その意味を。その素晴らしい発見を。


「でかしたぞ、珪ちゃん」


 言うやいなや、ユウ君はもう行動に移っていた。

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