春眠、教室にて

ミュウ@ミウ

放課後

 五限の授業は国語の予定だった。しかし、担当教員に予定が入ったとかで、自習になった。急遽監督に任命されたであろう男性教員は、授業のチャイムが鳴ると同時に入室し、黙ってプリントだけを配布してすぐにノートPCと睨めっこをした。

 渡されたのは「一年の抱負」と書かれた藁半紙が一枚と、白紙の紙が一枚。有難いことに、私達に書かせれば、二枚くらいは簡単に埋めてしまうだろうとういう粋な図らいなのだろう。

 周囲の人間は自分の手元にプリントが渡ると「え~」と不満の声を上げていた。中には黙々と書き始めるものもいたが大多数はそれだった。

 私も書き始めはしたもの、一行、二行と汲々として進まない。

 始業式から二日目にあった席替えで、運がよく窓際とベストポジション。しかし、それが今はあだとなる。食後と言うこともあるが、生憎今日は晴天だ。

 窓から入る生暖かい風だけが唯一の救いなのだが、頭が働かない。

 とりあえず目を覚ますため、ペンを投げて頬杖をついて外を眺める。

 外では、初々しい姿の一学年が、強面の体育教師に何か言われているのが目撃できた。体育教師は一年生を並べ、準備運動をさせる。その間に、ハンドボール投げ用のメジャーとボールを準備していた。

 まだ皴や汚れが少ないジャージがこれからどのように汚れていくのかと思うと少しだけ感慨深く思った。

 しばらくそんな光景を眺めていると左隣で「チチチチチ」という鳴き声が聞こえてきた。

「?」

 声の方を向いて見ると、ベランダにはメジロが一匹、羽を休めていた。鋭くとがったくちばしで鴬色の羽毛を毛繕いしている。特徴は何と言っても目周りの白色だろう。体は小さく巣立ったばかりだと思われる。

 メジロは、私の視線に気づくとくびをかしげて、校庭に植えてある桜の樹に隠れてしまった。

 そんな光景を私はぼんやりと眺めた。

―――だめだ、眠たい。

 眠気が一気に体を支配しようとしている。かといって何も書いていないのはまずいと思い、藁半紙の右隅に先ほどのメジロを書いて私は伏せた。

 遠くでチャイムの音が聞こえる。

誰かが隣に居るのを感じた。

 柑橘系の甘い香りがしたことから、男性教諭ではないことはすぐにわかった。ゆっくりと上体を起こして、ぼやけた視界で周囲を見渡す。

「おはよう? ゆっくり眠れた?」

 視界に映ったのは赤羽美羽。

 クラスの委員長でありながら小学生からの旧友。

 手入れの行き届いた黒髪ロングヘアーはいつもさらさらしており、透き通るような乳白色の肌は肌荒れを知らないほど手入れされている。大きく開いた黒い瞳に、長い睫毛。おまけにブレザーの上からでもわかる膨らみときた。

 はっきり言って羨ましい。

 彼女は呆れた顔で私を見つめていた。

「あれ? 5限終わった?」

「あんたが寝てる間にね。はい」

 彼女は右手を差し出した。

「何? 握手?」

 なんで握手? と右手を差し伸べぎゅっと握る。柔らかくて暖かい。しかし、彼女はすぐに手を振りほどいた。

「あんたね〜」

 怒るというより呆れたような口調だ。

「え? 違うの?」

「寝ぼけてないでさっさとプリント出してくれる? あんたが最後なのよ」

「最後って?」

 彼女は教卓見るよう顎で促した。そこには藁半紙の束が置かれてあった。

「さっき先生に頼まれたの」

「ごめん」

 一応、名前を確認してから手渡すと頭に激痛が走った。

「痛っ!」

「馬鹿。白紙で出すな」

「白紙じゃないよ」

「確かに。名前は書いてあるわね」

 右下にはメジロのイラスト付きです。可愛いでしょう? とはとてもじゃないが言える目ではない。獲物を捉えた猛獣のような目。これ以上ふざけるとただではすまさそうだ。

「あはは〜」

 とぼけたようにニッコリ微笑む。

「あんた、二年になっても変わらないよね。先生に怒られる前に適当に埋めときなさい」

 返された。

 彼女はすぐに私の元から立ち去り教卓へ。トントンと正してから束を抱えて教室を出て行った。

×××


「みーちゃんは帰っても良いんだよ」

「だめ。あんたすぐにサボるから」

「ぐ~」

「可愛い声を出してもダメ」

「けち~」

 時刻は放課後。HRが終わり私は荷物をまとめて帰宅しようとしたのだが、美羽に出入り口をふさがれた。これも頼まれたのだろうか?

 教室には私たちの他にも数人の生徒が残っており楽しく談笑している。開けられた窓からは生暖かい風に乗せられた部活動に勤しむ人の声が届く。

 正直、帰りたい。

 美羽ちゃんはというと、先程まで、前の席に座り小難しそうな文庫本を開いていたのだが、読み終えたらしく、こちらを監視し続けている。

「それより珍しいね」

「? なにが」

「あんたが私の隙を見て逃げないことよ」

 確かにそうだ。今まで小中高校と幾度となく似たような境遇に陥ったことはあったが、私はすべて逃げてたような。

「そうだっけ?」

「そうよ」

 彼女はあえて、隙を見せてきたのだろう。

 本を読む素振りをして見たり、わざと教室を出たり、わざと机におでこをつけたりと。わざと隙を見せる。何でなのか知らないけれど、彼女はそうする。

 結局のところ逃げても逃げても、やらなければならないことは追いかけてくるし、それに加えて説教も貰うのだから意味はないということを最近知った。だから逃げはしない。やらないけど。

「どういう心境?」

「たまにはいいかなって」

「ふ~ん。成長してるね」

「ミーちゃんの胸ほどじゃないですけどね」

 私だってもうちょっと大きくなるはず。

「どこ見てるのよ。あんたは」

「胸?」

 恥ずかしくなったのか、彼女は耳を真っ赤にさせて顔をそっぽに向けた。

「さっさと書く」

「は~い」

 仕方なくペンを持ち、藁半紙に向かう。しかし、ペンは動かない。

「先は流そうね」と、みーちゃんはため息を吐く。

「そんなにため息つくと幸せが逃げるよ」

「誰のせいよ本当。私が不幸になったら真っ先に恨んでやるからね」

「その時はみーちゃんを貰ってあげる」

 彼女は、私の額に人差し指を当てて「ばーか」と優しい口調で微笑した。


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