第11章 王都ジェルドラド

1 邂逅

 デイフォロス城を出陣して、およそ3時間後――僕たちは、王都ジェルドラドに到着していた。

 人間の足なら3日かかる道程も、僕たちが魔力を振り絞ればこの結果だ。ただし、今回の総勢は400名であったので、暗黒神たる僕自身が運搬役として大いに力を振るうことになった。


 地を駆けるのが得意な団員たちは、自らの足で向かってもらう。単身での飛行を得意にする団員たちも、また然りである。それ以外の、高速移動のすべを持たない団員たちについては、僕を筆頭とする何名かが面倒を見てあげなければならなかったのだった。


「フレスベルグと同じだけの団員を運べるなんて、ベルゼ様はやっぱり凄いよねー!」


 巨大な鳥の姿となった僕の背中の上で、ナナ=ハーピィがはしゃいだ声をあげている。彼女の他にも、僕の背中には100名ていどの団員たちがへばりついていた。


 僕は、かつてナナ=ハーピィを体内に取り入れたときと同じような、巨大な鳥の姿となっている。兜は山羊の頭骨めいた形状であり、首から下は大鷲の形状をした、漆黒の鎧だ。ただし、そのサイズは全長20メートルぐらいに膨張させていた。飛ぶことだけに特化した、飛行フォームである。


 そうして3時間ばかりの飛行を楽しんだのち、僕たちは王都ジェルドラドを眼前に迎えたわけであるが――その地は、何事もなかったかのように静まりかえっていた。


 城や町にはあちこちに明かりが灯されているものの、異変の兆しは見られない。農園などはほとんど闇に閉ざされており、兵士の巡回が強化された気配もなかった。


 念のために、農園からもそれなりの距離を取って着地すると、闇の向こうから長身の人影が近づいてくる。それは、人魔たちの追跡をお願いしておいたケツァルコアトルであった。


「予想以上に早い到着だったな。さすがは暗黒神様と言わせていただこう」


 身体のあちこちに羽毛と鱗を生やした、半人半妖の姿である。背丈は180センチ近くもあり、すらりとした体躯を男性用の装束に包んでいる。それでもきわめて妖艶かつ美麗な風貌をしているために、男装の麗人といった風情であった。


「フレスベルグたちも、到着したみたいだね。他の団員たちは、まだ到着していないのかな?」


「うむ。ちょうど今、最初の2名が到着したようだ」


 背後から、凄まじい魔力の気配が近づいてくる。

 黒い炎の弾丸じみたその魔力の塊が、僕たちの目の前で本性をあらわにした。ライオンよりも巨大な漆黒の狼犬と、それよりは小ぶりだが三つの首を持つ漆黒の凶犬――ガルムと、ケルベロスである。


「ううむ、惜しかった! やはり暗黒神様にはかないませんな!」


 ガルムは吠えるように笑ってから、普段の巨漢の姿に変じた。

 ケルベロスも、小さな男の子の姿に変じる。3時間ばかりも走った直後であるというのに、どちらも元気そのものであるようだ。


 運搬役を担っていたフレスベルグらもすでに到着しているので、あとは単身で向かっている100名ていどの団員のみであった。そちらはおもに中級の団員たちであるので、到着にはもうしばらくの時間がかかることだろう。


 ナナ=ハーピィとジェンヌ=ラミア、それにナーガとコカトリスは、僕が自ら運んできたので、すでに顔をそろえている。この一軍の主力は、すでに勢ぞろいしたと言っていいようだった。


「人魔たちは、いったん王都の城に入ってから、ウィザーンのほうに戻ったんだよね?」


 その報告は、移動の途中に念話で伝えられていた。その後にはメドゥーサたちから、ウィザーン公爵領に人魔たちが帰還してきた旨も届けられている。ウィザーン公爵領から王都まで、人魔たちは2時間ていどで往復してのけたようだった。


「うむ。その後、王都に動きはない。まあ、結界の向こう側を探知することはかなわないので、目で見た限りは、という意味だが」


「うん。デイフォロスに向けてただちに出陣、ということにはならなかったみたいだね。こちらにとっては、何よりだったよ」


 デイフォロス陥落の報を受けて、王都やウィザーンの軍勢が出陣されるという可能性も、僕たちは考慮していたのだ。こちらがどのように迎え撃つかは、その軍勢の規模によって対応する予定であったのだが――なるべくならば、ぎりぎりまで謀略に励みたいところであった。


「王都は、他の公爵領の3倍の規模を持つんだもんね。できる限りはひっかき回してから、戦いに挑みたいものだよ」


「うむ。20年の昔、我々は1000名の数でグラフィス公爵領の人魔と正面から戦い、300名の同胞を失うことになった。700名まで減じた兵力で、王都の人魔と正面から戦えば――貴方を除くすべての団員が、生命を散らすことにもなりかねん」


 そんな風に言いながら、ケツァルコアトルは切れ長の紫がかった瞳で僕を見つめてきた。


「貴方がなるべく犠牲を出さないような戦い方で人間族を屈服させようという方針を、自分は強く支持している。今後もその方針を貫いていただければ、心からありがたく思う」


「あらあら、あなたは相変わらずね、ケツァルコアトル。わたしとしては、もうちょっと副団長としての自覚を持ってほしいのだけれど」


 ナーガが妖しく笑いながら口をはさむと、ケツァルコアトルは凛々しき無表情でそちらを振り返った。


「今のはあくまで、自分個人の見解と思し召しいただきたい。団長たる貴方に逆らうつもりはないと、ここに表明させていただこう」


「もう、すっかり堅苦しい物言いが板についちゃって……これもあなたの責任なのですわよ、暗黒神様」


「え? 僕の責任なの?」


「うふふ……かつてのあなたは情欲の塊でいらしたから……身持ちの固い団員は、みんな戦々恐々であったのですわ。それでケツァルコアトルは、こんな風に男みたいな立ち居振る舞いとなって、自分の色香を封じ込めてしまったということですわね」


 僕は言葉を失いつつ、ケツァルコアトルを振り返ることになった。

 ケツァルコアトルはきりりとした面持ちで、小さく首を横に振る。


「そのような目で見られると、羞恥を禁じ得ない。団長の戯れ言は聞き流していただきたく思う」


「ああ、うん……なんかごめんね。僕には覚えのないことなんだけど……」


「謝罪をされても、羞恥を禁じ得ない」


 まったく内心をあらわにしないまま、ケツァルコアトルはそう言った。


「それで、自分はこの後どうするべきであろうか? メドゥーサたちのもとに帰還するべきであろうか?」


「いや、それはもうちょっと王都の様子を見届けてからにしようかな。いざというときは、君の移動能力が必要になるかもしれないしね」


 王都から軍勢が放たれたとして、応戦するにも撤退するにも機動力が必要となるのだ。彼女であれば、僕やフレスベルグと同等の団員をお任せできるはずであった。


「もしも王都から過半数の人魔が出陣するようであれば、みんなにそれを引きつけてもらって、僕と精鋭の数名だけが城内への侵入を試みる、なんて可能性もあるからさ。とりあえず、この場で数日は待機する予定なんだ」


「数日か。自分の想定よりも、長い期間であったようだ」


「うん。デイフォロスに関しては、オルトロスとレヴァナントに任せているからね。明日の夜に他の難民たちが到着したら、魔獣兵団の潜入捜査員にも働いてもらうつもりだし……とにかく、敵の出方を見ながら、慎重に話を進めようと考えているよ」


 そんな言葉を交わしている間にも、単身でこちらに向かっていた団員たちが次々に到着していた。

 全団員が到着したのは、30分ていどののちのことである。ガルムとナーガに点呼をしてもらい、ひとりの脱落者もいないことが確認できた。


「よし。それじゃあ見張りの当番を決めて、それ以外の団員は魔力を隠すことにしよう。王都の魔術師たちが、探索の魔術を結界の外にまでのばしてくるかもわからないからね」


 王都の周辺には岩場が多かったので、そこを仮の拠点とすることにした。

 もともと自然の中で暮らしてきた魔物であるから、野宿に不満を抱く者はいない。食事は獣を狩ればいいし、酒を調達できないこと以外には不自由もなかった。


「そろそろ人間たちは、寝付く頃合いかな。この夜は、安らかに過ごせそうだね」


 僕は、そのように楽観視していた。

 しかしそれは、大きな間違いであったのだ。


 異変が生じたのは、それからさらに2時間ぐらいが経過してからであった。

 城や町からも明かりが消えて、夜がとっぷりと更けた頃――見張りをしていたウェアタイガーが、僕や部隊長たちに念話を飛ばしてきたのだ。


『王都の領地から、人間どもが出てきましたぜ。ちっぽけな荷車が1台だけだけどよ』


 それは、奇妙な報告であった。

 王都には、まだ爵位を持つ貴族たちしか到着していないのだ。農奴に離反をそそのかす計画もまだ実行はしていないし、この段階で王都の人間が領外に出てくる理由はないはずだった。


「まさか、デイフォロスの貴族が王都から逃げ出してきたのかしら?」


 黄色い瞳に不穏な光をちらつかせつつ、コカトリスはそのように言い捨てた。

 もしもバジリスクの仇であるグラフィス子爵がデイフォロスへの亡命を希望してきたら、敵として戦う機会が失われてしまうのだ。僕としても、あの御仁だけは笑顔で迎え入れる気持ちにはなれなかった。


「わからないけれど、その正体は把握しておく必要があるだろうね。ハーピィ、ラミア、僕たちで様子を見に行こう」


「あら、わたしは連れていってくれないのかしら?」


 コカトリスが、ぐっと顔を近づけてくる。

 感情の読みにくいその瞳には、わずかにすがるような光が灯されているように感じられた。


「わかった。それじゃあ、コカトリスも一緒に。ガルムたちは、待機しててくれ」


 僕は3名の同胞とともに、闇の中を駆けた。

 見張りのウェアタイガーは、大きな岩の上で双眸を光らせている。念話で方角を確認し、そちらに歩を進めると――行く手に、報告の通りの存在が視認できた。


 さして大きくもない、粗末な幌の荷車である。

 御者台の人物はマントのフードを深くかぶっているので、人相はわからない。荷車の前方にカンテラのようなものを吊るしており、それを頼りに荒野へと踏み出そうとしている様子であった。


「まさか、魔術師じゃないだろうな」


 僕は魔力を解放して、視覚に探知能力を上乗せした。

 手綱を握るその右の手の甲に刻まれているのは――銀色の、十字の形状をした紋章だ。デイフォロスのものとはいくぶんデザインが異なっていたが、それは騎士の紋章であるはずだった。


 さらに、探索の触手を荷車の内部にまで差し向けてみると、そこには2名の人間の存在を知覚できた。年老いた女性と、幼い女児であるようだ。魔術師というのはおおよそ男性であるという話であったので、こちらも問題はないだろう。


「王都の騎士が、出奔を決断したってことか。これは、こちらで保護するべきだろうね」


「ふふん。あの豚貴族でないのは、幸いだったわ。でも、何かの罠なのじゃないかしら?」


「罠だとしても、あの荷車はすでに結界を出ているからね。人魔に化けることができないなら、抵抗のしようもないはずだし――」


 僕がそのように言いかけたとき、異様な感覚が探知された。

 魔族の有する魔力とは匂いの異なる、嫌な力の波動――人魔の気配だ。

 しかもそれは、上級の力を備えた人魔の気配であった。


「城のほうから、人魔が出てきたみたいだ。上級で、数は4体――これはおそらく、騎士の人魔かな」


「ふうん。脱走したお仲間を連れ戻しに来たのかしらね」


 人魔たちはまだ結界の内であるので、僕にも細かな動きまでは見て取れない。しかし、その向かう先は、間違いなく荒野の荷車であった。

 僕は一瞬で決断し、かたわらの3名と団長たちに念話を送る。


『全員、魔力を隠してこの場に待機。僕は王都から脱出した人間を保護して、一時離脱する』


 みんなの返事を待つ猶予もなく、僕は背中に翼を生やして、荷車のもとに飛びたった。

 それと同時に、人魔たちも結界の外に飛び出してくる。そちらも背中に翼を生やしており、凄まじいスピードで荷車に迫っていた。


 しかし、騎士というのは上級の中の中堅クラスだ。従者よりは強力であるが、貴族よりは非力である。僕がすべての魔力を振り絞れば、スピードで劣ることはなかった。


 タッチの差で荷車の屋根に触れた僕は、それを丸ごと魔力で包み込み、上空に飛翔する。

 あとはもう、ひたすら逃げの一手であった。

 時速に換算すると、いったいどれだけの速度が出ているのだろうか。人魔たちは雷撃を放ってきたが、それが追いつけぬほどに加速して、とにかく王都から遠ざかる。


『コカトリス、そっちに動きはあったかな?』


『いえ。他の人魔が出てくる様子はないわね。……ただ、置いていかれたハーピィが口をとがらせているわよ』


『ごめんって伝えておいてくれるかな。魔力を隠した状態だと、彼女は念話も受け取れないからさ』


 そんな念話を交わしている間にも、僕は王都からぐんぐんと遠ざかっていた。

 しばらくして、コカトリスから念話が届けられてくる。


『4体の人魔が戻ってきたわよ。あなたに追いつくことは不可能だと思い知ったようね』


『了解。引き続き、王都の様子を監視してくれ』


 僕は眼下の砂漠地帯へと舞い降りた。

 荷車を包んでいた魔力を解きほぐすと、御者台の人物が呆然とした声でつぶやく。


「なんだ、今のは……わたしは、夢を見ていたのか……?」


 それは、若い男性の声であった。

 僕もまた、若い男性の義體に着替えてから、御者台のほうに回り込む。


「驚かせてしまって申し訳なかったね。人魔が追ってきていたので、僕が安全な場所まで誘導してあげたんだよ」


 若者は愕然とした様子で身を震わせてから、腰の長剣に手をかけた。


「貴様、何者だ! もしや……魔物か?」


「うん。魔物に用事はなかったかな?」


 すると――荷台のほうから、「魔物ですって!?」という声が響きわたった。幼い女の子の声である。


「ちょっとどきなさい! 魔物だったら、わたくしが交渉いたします!」


「ひ、姫! 表に出るのは、危険です!」


 若者の腕をすり抜けて、ひとりの少女が地面に降り立った。

 いや――少女というよりは、幼女と称するべきであろうか。まだ10歳になるかならないかというぐらいの、それは実に愛くるしい女の子であった。


「これはこれは。姫と呼ばれる身分の御方と拝謁できるのは、光栄です」


 期待を込めて、僕はそのように挨拶をしてみせた。王都の貴族を手中にできれば、敵の本丸の内情を知ることができるのだ。

 だが、彼女は僕の期待を遥かに上回る存在であった。


「あなたが、魔物なの? 見た目は、まるきり人間であるのね」


 そんな風に言いながら、幼女は右の手の甲を僕に向けてきた。

 そこに刻まれていたのは――僕がこれまで目にした覚えもない、太陽のような形状をした黄金色の紋章である。


「わたくしはジェルド王家の第一王女、アンドレイナと申すものよ。わたくしは2名の従者とともに、魔族の版図への亡命を希望いたします」

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