8 最終ミーティング①

 僕が『三つ首の凶犬と蛇女王の城』を訪れてから、5日目の昼下がりである。

 僕は主だった魔物たちを会議用の広間に集めて、最終ミーティングを開くことになった。


「いよいよ明日、デイフォロス公爵領の潜入捜査を決行しようと思う。些細な失敗が全体の計画を破綻させることも十分に考えられるので、ひとりひとりが責任の重さを自覚して、慎重に取り組んでほしい」


 魔物たちの君主としてリーダーシップを執ることにもようやく慣れてきた僕は、まずそのように宣言してみせた。

 潜入捜査員として選別された魔物たちは、それぞれの性質に見合った面持ちで僕の言葉を聞いている。その全員が人間の姿に変化しているので、城の責任者として同席しているコカトリスを除けば、人間族の集会であるように見えたことだろう。


 もともと僕が暗黒城から率いてきた潜入捜査員は、7名の魔獣兵団員に5名の蛇神兵団員で、合計は12名だった。

 この城で増員されたのは3名の魔獣兵団員と4名の蛇神兵団員であったので、それも合わせれば19名、僕も加えれば20名ジャストとなる。


 特筆するべきは、増員されたメンバーの中にケルベロスが含まれていたことであろう。

 上級の魔物は魔力を隠蔽することが難しいはずであるのだが、彼は幼体であるのが幸いしたのか、見事に適性検査をパスしてのけたのである。


 この城の責任者であるケルベロスを潜入捜査に駆り出すべきかどうかは悩ましいところであったが、結果的には参加してもらうことになった。この20年、人間たちがこの領地を奪還しようという動きを見せることはほぼ皆無であったので、大きな問題はなかろうという判断であった。


「……でさ、けっきょくケルベロスも加わることになったのに、まだあたしが小隊長なんていう役割を担わないといけないのかい?」


 そのように発言したのは、魔獣兵団側の小隊長であるパイアであった。身の丈180センチを超える、女戦士のごとき勇ましい風貌をした女性だ。

 その小麦色をした精悍な顔を見返しながら、僕は「うん」とうなずいてみせた。


「ただし、人数が20名まで増えることになったから、これを4名ずつで5組の班に分けて、それぞれを班長に管理してもらおうと考えているよ。僕とパイアとラハムに、ケルベロスとエキドナが班長ってことで異存はないよね?」


「なんだ、つまんねーなー。イノシシ女が俺に向かって偉そうに命令する姿を楽しみにしてたのによー」


 人の悪い笑みを浮かべながら、ケルベロスはそう言った。彼はもともと人間めいた姿をしていたが、真紅であった瞳は自然な赤褐色に、暗灰色の肌はパイアと同じような小麦色に変じている。それに、発達しすぎた犬歯や爪もひっこんで、どこからどう見ても小さな人間の男の子であった。


「わたいも異存はないよ。ラハムみたいにオドオドしたやつに命令されるのは、ちっとばっかり心配だったからさ」


 もうひとりの新たな班長、エキドナはそう言った。彼女もケルベロスと同じように上級の個体種であったが、生後30年の幼体であったためか、適性検査をパスすることができたのだ。やはり外見は10歳児ていどで、金髪碧眼の美しい顔立ちをしていたが、イタズラ盛りの男の子のようにやんちゃな気性をしていた。


「それじゃあまずは、その班分けの内容から発表させてもらおうかな。ひとつの班につき4名っていう割り振りだから、エキドナの班はこの城から増員されたザルティス、アンフィスバエナ、リザードマン、ということにさせてもらうよ」


「あいよ。蛇神族なら誰でもかまわないけど、ま、気心が知れてるに越したことはないだろうしね」


 蛇神族はナーガ派とコカトリス派に分かれているという話であったので、そういった思いもいっそう強まることだろう。

 ちなみにザルティスはかまど番のひとりである可愛らしい女の子で、アンフィスバエナはやたらと露出の高い格好をした黒髪の女性、リザードマンは中背で痩躯の男性であった。


「ラハムのほうは、暗黒城から同行してきた2名のリザードマンと、ニャミニャミだね。蛇神兵団で構成されたこの2班には、石の町の捜査を担当してもらう」


「承知いたしました」と、ラハムは一礼する。オドオドしているというよりは、内気で礼儀正しい娘さんである。魔物としては希少なタイプであるので、それがエキドナには頼りなく感じられてしまうのだろうか。しかし彼女も、この中では指折りの魔力を有する中級の魔物であった。


「次は、魔獣兵団だね。ケルベロスの班は、この城からの参加であるアーヴァンクとウェアタイガーに、それとバグベアにも加わってもらう」


「へへん。よりにもよって、バグベアかよ。こいつは最高にむさ苦しい組み合わせだなー」


 ケルベロスが軽口を叩いたが、バグベアは苦笑まじりに肩をすくめるばかりであった。正体が大熊めいた人獣である彼は、人間に変化してもきわめて魁偉な風貌であったのだ。また、虎人間であるウェアタイガーや巨大ビーバーであるアーヴァンクもかなりの体格であったので、10歳児の風貌をしたケルベロス以外は全員が強面の部類であった。


「で、パイアの班は、2名のワーウルフとサテュロスだね。魔獣兵団で構成されたこの2班には、農園の捜査を担当してもらうよ」


「え?」と声をあげたのは、そこで名前を呼ばれなかったケット・シーであった。正体は二足歩行の妖精猫であり、現在は黒髪にハシバミ色の瞳をした、15歳ぐらいの少年の姿だ。


「ちょ、ちょっとお待ちくださいね、暗黒神様。それじゃあ、俺は……?」


「ケット・シーは、僕とハーピィとラミアの班だよ。担当は、町の捜査だ」


「ま、町でも農園でもかまいはしませんけど、どうして俺なんかが暗黒神様と同じ班なんです? バグベアやサテュロスのほうが、よっぽどお役に立てるでしょう?」


「いや、魔力の面ではそうかもしれないけど、そもそもこれは魔力を必要としない作戦だからね。というか、魔力は最後まで隠しきらないといけないんだから、それも当然の話だろう?」


 ケット・シーは、なんとも頼りなげ面持ちで眉を下げてしまった。

 すると、同じ魔獣族のパイアが「ふん」と鼻を鳴らす。


「あたしもそいつは、ちょいと意外な組み合わせだったね。てっきりあんたは、自分のもとに女だけを集めるだろうと思ってたからさ」


「うん。僕としても、女性だけで固めたかったんだけどね。でも、男性のほうが数が多かったから、こういう組み合わせになっちゃったんだよ」


 そんな風に言ってから、僕は慌てて言葉をつけ加えた。


「いや、女性だけで固めたいってのは、そういう意味じゃないよ? 石の町に潜入するには女性のほうが目立たないらしいから、そうしたかったってだけの話でさ。だからこうやって、僕も女性の義體を纏っているんだよ」


「……町だと、どうして女のほうが目立たないのさ?」


 僕は答えようとしたが、途中で口をつぐんでコカトリスのほうを振り返った。

 いや、正確にはコカトリスのかたわらに控えている者たちに視線を向けたのだ。この場には潜入捜査員の他に、いつでも影のように控えているファー・ジャルグと、それに2名のスペシャルアドバイザーを招いていたのだった。


「それは、そちらの両名から聴取した情報にもとづいてのことだよ。せっかくだから、本人たちに説明してもらおうかな」


 その2名とは、人間族の従僕である少年ハンスと、リビングデッドの少女であった。作戦を煮詰めるために、暗黒城から彼女も招くことになったのだ。


「これは町の話だから、ハンスに説明してもらおう。よろしくね、ハンス」


「はいはい、承知しましたよ。……あんたたちは、町をちょろちょろ動き回ろうってんだろ? でも、町で働く人間の顔ぶれなんてそうそう変わらねえんだから、新参者ってのはすごく目立つんだよ。特に男連中が働きもせずにぶらぶらしてたら、あいつは何を遊んでやがるんだって人目を集めちまうもんなのさ」


「ふうん? 女だったら、遊んでても許されるっていうのかい?」


「いや、男でも女でも遊んではいられねえよ。ただ、女だったら……働くのは夜だけってやつもいなくはないからさ」


 そこでハンスは、少年らしい初々しさでいくぶん頬を赤くした。

 ちょっと気の毒になったので、僕がフォローをしてみせる。


「それはいわゆる、娼婦と呼ばれる存在であるようだね。魔族には理解し難い話だろうけれど、人間の世界には身をひさぐことを生業にしている者たちがいるんだよ」


 すると、パイアもつられたように小麦色の頬を赤くした。


「み、身をひさぐのが生業って、どういう意味さ? 誰彼かまわず誑かそうとする、あんたや蛇神族みたいな連中のことかい?」


「いや、女性が男性を誘うんじゃなくて、男性が金品で女性を買うんだよ。とうてい感心できる行いではないけれど、石の町では不可欠な役割であるようなんだ」


 それも重要な話であったので、僕が自ら説明することにした。


「人間族は人魔の術式の影響で、普段から好戦的な気性になっているという話はしたよね? それだけじゃなく、人間族は……どうやら、性欲のほうも増幅されているようなんだよ。だから、その受け皿を準備しないと、居たたまれない事件が多発してしまうということだね」


「……なんか、どこかの誰かさんの話を聞かされてるような気分だね」


「はいはい、破壊欲と色欲の権化で申し訳なかったね。人格が入れ替わってからもう10日以上が過ぎているのに、僕はまだパイアの信頼を得られていないのかな?」


「ふん! あたしの目の届かないところで何をしてるか、知れたもんじゃないからね!」


 まだ少し赤い顔をしたまま、パイアはそのように言いたてた。女戦士のように精悍な容姿をしているのに、彼女もけっこう純情であるようなのだ。


「それじゃああんたたちは、その娼婦とかいう人間のふりをするわけか。あんたや蛇神族にはお似合いの役割だね!」


「だ、だけどそれじゃあ、俺はどうなんです? 俺はいちおう、男なんですよ?」


 ケット・シーが気弱げな声をあげたので、僕は「そうだね」とうなずいてみせた。


「だけどけっきょく人数的に、女性だけで班を作るのは難しかったんだよ。エキドナとラハムの班だって、それぞれ1名ずつ男性のリザードマンが含まれているだろう? まあ幸いなことに、みんなそれほど厳つい外見はしていないから、頭巾や外套なんかで人相や体格を隠してしまえば、なんとか誤魔化せるかと思ってさ」


「い、いくら何でも、俺を女と思うやつなんていやしませんよ。俺のせいで作戦が失敗しちまったら、どうするんです?」


 ケット・シーの態度があまりに頑なであったので、僕は小首を傾げることになった。


「君はこの班分けに異存があるのかな? それならそれで、きちんと理由を説明してほしいんだけど」


「あ、いや、決して暗黒神様の決定に逆らってるわけじゃなくて……」


 と、ケット・シーはいっそう小さく縮こまってしまった。

 すると、パイアが反感を込めた目つきで僕をねめつけてくる。


「あんたさ、こいつの尻尾を引きちぎったことも、すっかり忘れちまったってわけかい? こいつは危うく殺されるところだったんだから、少しぐらいは怯んだっておかしくないだろ?」


「え? どうして暗黒神が、そんなことを?」


「こいつが、あんたの侍女に手を出そうとしたからだろ。ガルム団長が取りなしてなけりゃあ、こいつは頭から股ぐらまで真っ二つにされてただろうさ」


 その言葉に、ハーピィが「あー」と手を打つ。


「あんたって、あのときのケット・シーだったんだ? それなら、ベルゼ様を怖がるのも当たり前だねー」


「ひ、ひでえなあ。気づいてなかったのかよ?」


「だってあんたたち、みーんな真っ黒の毛並みで区別がつきにくいしさ。あれ以来、顔をあわせる機会もなかったしねー」


 同じ魔獣族であるのだから、妖精猫が人頭鳥に恋心を抱くこともありえるのであろう。

 それだけならば微笑ましい話の範疇であるが、かつての暗黒神が介在していたとなると、微笑んでもいられなかった。


「あれからまだ、ふた月も経っちゃいないからね。それでこいつをあんたやハーピィの班に組み込むってのは、ちっとばかり心ないやり口なんじゃないのかい?」


「うーん、そうなのか。でも、魔獣兵団の他の面々は体格がよすぎて、かなり目立っちゃいそうなんだよなあ。ハンス、どう思う?」


「そりゃあ男だったら、目立たないに越したことはないよ。町にはけっこう魔術師や衛兵が巡回してるから、見かけない男には用心するだろうしな」


 すると、パイアが「よし!」と大きな声をあげた。


「だったら、あたしが交代するよ! 班長とかいう役割は、サテュロスで十分だろ? こいつだって、中級の魔物なんだからさ」


「え、パイアが? でも……町では、娼婦のふりをしないといけないんだよ?」


「なんだい。あたしみたいに厳つい女には、その役がつとまらないっていうのかい?」


 僕には答えが見いだせなかったので、ハンスに判断をゆだねることにした。

 ハンスは難しい顔をしながら、パイアの姿を検分する。


「んー……まあ、その手足の筋肉を隠せば大丈夫なんじゃねえかな。ちっと上背がありすぎるけど、顔だけ見てりゃあ美人だしさ」


「に、人間風情が偉そうな口を叩くんじゃないよ! あたしの牙に突き殺されたいのかい!?」


「まあまあ、落ち着いて。……サテュロスとしては、どうだろう? いきなりの話だけど、問題はないかな?」


「ああ。ていうか、パイアみたいに短気な女は、あんたがしっかり手綱を握っておくべきなんじゃないのかねえ?」


 美しい若者の姿をしたサテュロスは、にやにやと笑いながらそう言った。彼はもともと山羊の角と足を持つ、お祭り好きの陽気な魔物であったのだ。しかし、魔力のほどはパイアと同等であるはずだった。


「それじゃあ、パイアとケット・シーは交代してもらって、そっちの班長はサテュロスにお願いしよう。これで僕の班だけは、全員が女性で固められるわけだね」


 班分けの発表だけで、すいぶんな時間がかかってしまった。暗黒神とケット・シーの間にそのような因縁が存在するなどとは、想像の外であったのだ。

 しかし暗黒神の座を引き継いでしまった僕には、過去の過ちを正す責任も生じてしまうものなのだろう。そんな風に考えて、僕はケット・シーににっこりと微笑みかけてみせたのだが、気の毒な妖精猫は冷や汗をかきながら打ち震えるばかりであった。

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