第28話 裏のあるハンバーグ

 放火殺人の話題は、やはり大学での事件が連続していることもあり、テレビで大きく取り上げられていた。しかし、そこはマンモス校。そういうこともあるだろうくらいで終わっている。

 たしかに学生だけでも一万人いるのだ。確率的に事件が続くことが全くないとは言えない。それに手の込んだ殺人だったとは、二件とも報じられていないのだ。そして、放火殺人は明らかに前回の二件とは異なる印象を受ける。報道が尻すぼみになっても仕方ない話だった。大学の怠慢だということも出来ず、話題としてはパンチがあるもののテレビは話題を続けられなかったらしい。

「どうですか。何か解りそうですか?」

 この日、また私服姿の麻央と学生食堂で話すことになった昴は、奢りだというハンバーグ定食を食べながら訊いた。すると、難しいなと言い切ってくれる。

「じゃあ」

「しかし、月岡が何かに気づいているというのは、こちらとしても大きい。放火事件だが、殺されたのは物理をやっている奴だった」

「――」

 さらにややこしい予感と、昴は思わずハンバーグを食べる手を止める。定食分しっかり働けと言われるのではと、いまさら警戒してしまった。

「残さずに食えよ」

 そしてそんな注意と共に向けられる怖い笑み。ああ、単に奢ってくれるわけではなかったか。何となく想像していたが、はて、何を言いつけられるのやら。

「冗談だ。が、知恵は貸せ」

「は、はあ」

 冗談だと、どこが否定されたのか。昴は説明してもらいたいところだが、怖いので止める。そしてハンバーグは有り難く頂戴しておくことにした。

「どうにも月岡の周囲に事件が限定されるような気がしてな。最初の事件も、お前があの同好会に所属していたから目を付けられたのではないか、そう考えてしまう」

「な、なるほど。しかし兄貴に恨みでもあるんですか?」

 目の付け所を変えるとそうなるのか。納得は出来るものの、翼が恨まれるというのが想像できないところだ。身内の贔屓目があるとしても、天然ボケなところがある翼は恨まれにくいと感じてしまう。

「さあな。あいつ、無自覚に他人の痛いところを突いていることがあるからな。それで恨まれたのかもしれん」

 麻央の意見は、その天然ボケが引き起こしたのではというものだった。なるほど、これは反論し難い。毎度のように小説に鋭く痛いツッコミを入れられているだけに、余計に擁護できなかった。

「思い当たる節があるようだな。ということだ。あいつの場合、無自覚に恨まれている可能性がある」

 微妙な顔をする昴に、我が意を得たりと麻央は笑った。拙いと思うものの、否定する要素はどこにもない。

「そうですね。その可能性も考えましょう」

 ということで、話は一度保留することにした。そうしないと、航平と圭介の事件が自分のせいということになってしまう。これは気持ち悪い。もちろん揉め事の発端は金銭のやり取りであり、昴には関係ない。しかしきっかけを作ってしまったかもしれないというのは、やはり嫌だった。

「そうだ。あらゆる可能性を考えないと、事件が繋がるなんて突飛な発想は受け付けられない。共通項が多いというだけでは駄目だ」

「そうですね」

 まさかその点も自覚していたとは驚きだ。しかし、ずっとこれを主張するからには、何か掴んでいるのだろう。そのあたりを教えてくれないので、まるで解らないのだが。

「で、今回の放火についてだが、どうにも不審な点がある」

「えっ?」

 知恵を貸せってそっちと、昴はハンバーグを落としそうになった。まさか放火にも何かトリックが使われていたというのか。

「そうだ。消防の現場検証によると、火の気のない場所から燃えたとしか思えないそうだ。それも火の手は一気に広がり、被害者は逃げる暇もなかっただろうと指摘している」

 それは確かに殺人を疑える要素だ。昴は急にハンバーグが重くなったような気がしてしまう。

「それ以前の小火と関係があるんですか?」

「そうだな。あれが実験だった可能性はある。ただ小火とあってそれほど検証していないし、煙草の燃え殻もあったことから、不注意による失火の可能性も排除できなかった」

 つまりそちらでは一切不審な状況を残していないということか。しかし、後から殺人を考えていたのならば、実験として迂闊なことはしない可能性もある。煙草に関しても、それは犯人が意図的に残していった可能性もあるのだ。

「ううん。あらゆることが考えられて、どうにも言えないわけですね」

「そうだ。だから今回の事件にだけ絞った方がいいだろうと、捜査本部も考えている。もし小火も同一犯だとしても、捕まえられれば問題ないからな。余罪に関しては後から調べられる」

 そういう発想はさすが警察官。今はメインの部分だけに目を向けるということか。

「それで、何か手掛かりはあるんですか?」

 昴がそう訊くと、待ってましたとばかりに写真が並べられた。昴は仕方なく定食を横に押しやり、写真に目を向ける。

「出火元と思われる場所の写真だ」

「妙に真っ黒ですね。まるで木炭でも燃やしたかのようだ」

 おそらくカーペットがあったのだろう。僅かだが燃え残った部分があった。その上に、不釣り合いな黒色がべっとりと広がっている。激しく燃焼した跡だった。

「消防も初め、練炭自殺に見せかけたのかとも考えたらしいがな。しかしどこからも、炭が燃えた後は見つからなかった。その代わり、化学物質が検出されたんだ」

「化学物質、ですか」

 また嫌な方向になってきたなと、昴は思わず顔を顰めてしまう。つまり今回も手の込んだトリックの元に行われているということだ。

「それがな、マグネシウムだ。これに、消防は驚いていた」

「それって、消火の際に使われた水が引き金となってってことですか」

 マグネシウムは粉末だと激しく燃焼することで知られている。それだけではない。水に反応すると一層激しく燃えてしまうのだ。取り扱う際だけでなく、万が一失火した場合の対処も慎重を要する。一般的な消火器ではなく、金属用の消火器や乾燥砂を用意しておく必要があるのだ。

「でも、その前に燃えているんですよね。消防隊の不手際だけではない」

「そのとおりだ。より火災の規模を大きくした可能性があるが、それだけでは説明がつかない。被害者が気づくはずだからな。被害者が気づく前に一気に燃え上がらせ、しかも消防隊が着くまで火の勢いを持続させた。これに用いられたトリックがさっぱり解らないままだ。どうしたものか。これに頭を悩ませている」

 そう言われても、昴だって咄嗟に思いつくものはない。考えられるのは時限装置だろうが、マグネシウムをどう扱ったかが解らない。

「難しいですね」

「ああ。なんせ総て燃えてしまっているからな。マグネシウムが見つかったのは消防の執念だろうよ」

 麻央はほぼ全焼なんだと、床の一部だけが燃え残っていることも不思議だと付け加えた。ここにだけ何か固いものがあったかのようだと言う。

「一部だけが焼け残る、か」

 これまた難しい問題だなと、昴は嫌な気分になっていた。


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