欲しいものは手が届かないところに
人生において、欲望には底が無く果てというものはない。羨ましいことばかりが積み重なって、私自身は惨めになっていく。失敗は大っ嫌いだから、本来なら何もしたくないし好きなこと以外はしたくない。好きなことばかりをしていればそれでいい人はとても妬ましい。
私自身、感情がほぼ制御できないし好きなことや興味あること以外はしたくない。ファンが少ない理由も恐らくそれだろうが、改める気持ちは一切ない。努力という言葉は大嫌いで、いっそ無ければいいのにとすら思う。周りにはうるさい奴が沢山いて、私の邪魔ばかりしてくる。家の中ですら今は安心できないのはそのせいだ。家族という概念が嫌いだ(家族ですら心を開けないやつがいるから)し、どうせなら一人暮らししたいというのが本音。
沢山のファンに囲まれて幸せそうにしている二次創作クリエイターが妬ましい。その分分かりやすいものが多いから時には納得行かない展開もあるけど。私自身、分かりにくいというアイデンティティを譲る訳にはいかない。私にとっての謎はどれもこれも、解いてもらえたら嬉しいという軽いものではない。出来れば全て解けなければ理解すらままならない、というものにしたい(裸のランチレベルの難しさで、全て解ける猛者がいるのかはさておき)。謎を素直に楽しめるならば、私の作品を楽しむことは多少できるだろうと思うが。
何故、現代人は素直に謎を楽しめなくなったのだろう。それとも私が異端なのだろうか。沢山の謎が潜んでいる小説が好きな私が、極彩色の頭で書いたものはどうもウケが悪いように見える。人に配慮するのは昔から苦手だったが、ここまで来ると恐らく少しは配慮せざるを得ないのかもしれない。私自身、人に興味がない訳ではない(人の好き嫌いは激しいが)。私が探している人というのは素養がある人。
つまりは、私の作品が(諸々の条件をクリアした上で)素直に楽しめる人。そのまま受け入れて、謎解きをしてくれる人。そんな人が傍にいて欲しい。私は、人と上手く関われないから。コレが理想的な関わり方だから。
極彩色の脳みそは意図せずにカオスな世界を創ってしまう。だからだろうか、私はその世界の心地良さに魅了され、ついには殆ど出られなくなってしまった。元々、誰かに何かをさせられるのが嫌だったけど、自分の世界が洗練されて彩りを増していく度に、出ることが出来なくなっていく。いっそ私も自分の世界の住人になれたら、と思っている。
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