ごちゃ混ぜからのオモシロ
絵画は西洋絵画と日本画の二つに分けられるのだが、その中でも異彩を放っているのが浮世絵だと思っている。西洋から芸術として評価されているのは勿論のこと(日本では今でいうマンガやイラストみたいな扱いだった)、ある意味で私が描いている作品に似ているのだ。というのも、浮世絵は私が普段から使っている(pixiv、カクヨム双方)技術が目に見える形で使われている。それ以外にも特徴的な部分はあるが、今回はこの「要素ごちゃ混ぜ」について語ろうと思う。ちなみに西洋絵画は全体的にバランスを取るので、実験らしい実験は近代までなかったと考えていいかもしれない(と私は考えている)。
さて、浮世絵には稀にだが要素を絡み合わせて作られた作品が存在する。ネコを平仮名の形に(大体魚の名前。ちなみにネコに魚をやると寿命が縮む)描いたり、一人の人かと思いきや実は沢山の小さな人が集まっていたり。中にはただ人を描くだけでなく、何か動きをつけていたりというのもあった。要素ごちゃ混ぜは浮世絵の得意技だと私は思う。
ここからは私個人の話になるが、私自身は別の意味で「要素ごちゃ混ぜ」を行なっている。それこそ、元ネタが一切分からないレベルなのは以前も語った通りだが、自覚し始めたのは高校生のオープンキャンパスの時だった(それまではバレることが当たり前だと思っている節があった)。某大学のワークショップの時、日本画を描こうというのがありそこで私はオリジナルキャラクター(この時でさえ何のパクリかしっかりバレると思っていたのだが、違った)を描いた。まあ、これだけなら(その前に「オリキャラ?すごい‼︎」と言われたが)よくある範疇なのだが、そこで日本画の先生にあることを言われた。
「あなたの絵は日本画的ね」
一字一句は覚えていないが、確かにそんなことを言われたような気がする。曰く、色々なものを組み合わせているからだそうだが、私からすればそれは当たり前のことだった。理由は簡単、パクリを簡単には見抜かれないようにする為だ。実は恥ずかしながら、中学までの私はパクリが簡単にバレるようなイラストを描いていた(それを楽しんでいた節もあるが)。高校に上がって暫く後、私の絵は美術の先生に「人と違う」と言われ、パクリがバレていないことを実感した(いつバレるかヒヤヒヤしていた一方で、早くバレないかなとも思っていたが)。今も今で、パクリがバレて当たり前という思考はどこかに存在している。
この他にもいろいろ教わった記憶があるが、ここでは割愛しよう。兎にも角にも、見てきたものを組み合わせて作るのは難しいと人はいう。私には未だにそれが分からないのだが。
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