「どこが?」&日帰り一人旅(40話突破記念番外編)

 私自身は人から「凄い」と言われることに慣れていない(と思う)。というのも、それは私にとっては出来て当たり前のことだからだ。音ゲーでフルコンボを達成しても(出来たら出来たで嬉しいが。ちなみにパターンもいくつかあって、事故同然の選曲をしてフルコンボしたこともある)、リトグラフ(簡単に出来る裏技がある)で背景を作っても。「凄い」の最たるものは伊豆にあるまぼろし博覧会に一人で行ったことだろう。帰って来たらしっかり「凄い」「行動力がある」と言われた。私からしたら、それも「どこが?」であるが。私にとっての「凄い」は、自分に出来ないことを軽々とやってのけることであり、なおかつ自分よりも能力が優っていることが条件である。だから、記憶力の良さだの味覚の鋭さだの、元ネタを全て覆い隠せる程のオリジナリティは凄いとはいえないのだ。

 むしろ、自分に出来ないと分かっていればパクリやオマージュだって立派な才能になり得るし、単純に画力が上ならば敬意を表することもある。要するに、私の「どこが?」は羨ましい、妬ましいの裏返しなのだ。だからこそ手に入れる価値があると私は思っている。

 ただ、人には限界というものがある。私のような者は人一倍限界というものが分かりやすい。マルチ人間と呼ばれる人々にも、限界はちゃんと存在する。比べる方が酷なのだ。限界の前には価値基準というものは役に立たず、むしろ足を引っ張るだけである。本来ならば、皆才能を大なり小なり持っているのだから。

 負け惜しみのように聞こえるかもしれないが、これは私が見出した結論である。ついでに、私にはリズミカルな文章を(小説なりエッセイなり詩なり)書く才能があると最近判明した(ファンの方ありがとう)。道は険しいかもしれないが、いずれは自分にしか出来ないことはきっと見つかるだろう。私はそう信じている。

 


 まぼろし博覧会に行ったのは一昨年の、雨が降ったり降らなかったりな曇りの日のことだった。母の目を盗んで一人きりで行ったのだが、それなりに楽しかった覚えがある。昭和の風俗が見られるところやら、おばけ屋敷めいたエリアなど楽しいところは沢山あった。ちなみに、写真を100枚近く撮った唯一の場所でもあり、お土産には本を買って行った。

 クーラーなどは設備の都合でなかったものの、途中持っていったフィギュアで撮影したのはいい思い出である。道中に沢山のマネキンやら人形やらがあった他、祭壇のようなエリアもありその手の人には楽しめそうな場所であった。浸水しているところもあったし、ガラクタのようなものが置いてあるところもまた、魅力の一つといえるだろう。

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