ノートのこだわり
この世の中、何万何億という数のノートが売られているが、ノートにこだわる人はそこまで多くないように感じる。電子メモなどがあれば必要ないのだろう。そもそもの話、小説などはパソコンで書くという人が圧倒的に多く、そうでなくても事務作業を手書きで行う人はまずいない。様々なアプリが巷に溢れ、ペンや鉛筆を持つ機会も減っている。そんな中で、私は「小説を書く為のノートにはこだわる派」なのだが、おかしいだろうか。その前に何故私にノートが説明なのか。
一言で言ってしまえば、「物語の大まかな内容を忘れない為」である。物語の正しい形を伝えるために、ノートがどうしても必要なのだ。エッセイは短文でも成り立つから、ある程度は下書き無しでも書けるのだが、長文の小説や複数の詩は内容を寝ているうちに忘れてしまう可能性がある。だからこそノートに書き溜める必要性が生じるのだ。大体の内容を文章化した後、細かいところを変えたければいくらでも変えられるから。
何故ノートにこだわるのか。それは雰囲気作りと、気分である。一般的な罫線で無地のノートに書いても、読み直した時に面白く感じないのだ。まるで勉強をしているような気がして(好きなことを勉強しているのではなく、興味のないことを勉強しているような感じ)、つまらないのである。そんな時に(表紙だけでも)可愛らしいノートに書いたなら、読んでいて心が和むし、楽しい気分になるのだ。ついでに言えば、かわいいノートに書くことは「棲み分け」も意味している。無地のノートに書くのは、決まって長い数式や何かの概要など「勉強の手がかり」或いは「勉強の中身そのもの」だからである。私の家では(近年はルーズリーフだけでも足りるようになっては来たが)昔からそうだった。だからそういう認識が今でも続いている。かわいいキャラもののノートは遊びの為だけに使うのだ。その内、本格的なスケッチブックを購入するようになると、ノートを使うのは設定資料(メモ帳に書いている時もある)を作る時か、小説(の下書き)や詩を書く時だけになった。
しかし、この方法を用いる人は私が知る限り一人もいない。非効率的だからだろうか。非効率的であることは認めるが、楽しいという一点においてはこの方法が優っていると感じる。それに、かわいいノートに書けば、どんなに暗い物語でも読み返していて楽しく感じるので私としてはおすすめである。
ちなみに、以前私はキャラもののノートに小説を書いて見せたことがあるのだが、あまりに暗い内容が原因なのかノートそのものにツッコミを食らったことがあった。
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