5-4.剣と爪と
『途中経過をお知らせします。現在時刻は25:07。《肉入り》参加者数49、うち、棄権を含む行動不能者数17。引き続き健闘を祈ります』
残り32人。身内を引けば20人が敵だ。
行動不能という言葉の意味を、まともに考える気にはなれなかった。
それから何度かの戦闘を経た。
努めて思い出したいような光景じゃないので語りたくもないが、そういうわけにもいかないだろう――右目を抉り出された若い男と、腹の肉をディッシャーのように抉り取られた中年男性と、鼻を削がれ血まみれの骨を剥き出しにした老婆がいた。《肉入り》の金額には芸術点が加算されるらしく、創意工夫を凝らした残酷劇が展開される――いつぞやの教室で日比谷さんが語っていたのを思い出した。
何が救われないかって、彼らは俺たちを味方だとは思っていないのだ。助けようとする俺たちを、死に物狂いで攻撃してくる。もっとも、あちらの立場からすれば当然と言えるのかもしれなかった。味方の振りをしておこぼれに預かろうとしている連中だと、誤解されるのも無理はなかった。
……と、理屈の上では理解はできるが。
《林檎》も武器も失って傷の痛みに耐えながら腕や足を振り回す人間に、俺たちが傷つけられるようなことはなかったが……、勿論、それは身体だけの話だ。
横目で見た風紀委員の皆様も一様に厳しい顔をしていた。磐田先輩は一見、冷静でいるように見えたが、他の参加者を発見するたびに口数は少なく、俺たちへの指示は荒々しくなっていった。
誰かが悪いわけではないまま、ただただ空気だけが悪くなっていく。外傷もないのにうんざりするような吐き気があった。
やがてスマートフォンが震えた。
『須藤君を見つけた。だが、我々とは交戦することなく逃げた。三階にいる』
「三階……」
通話を切った俺は、廊下の奥から響いてくる靴音に気付く。
まるで安全靴でも履いてるかのような、硬さのある足音。
俺はゆっくりと音の方を振り返る。
「苑麻……」
「……須藤」
そして、その服に散った返り血を見る。
「何やってんだよ」
声が震えていた。
最悪だ、と俺は思う。
何が最悪かって? 恥ずかしいな。知り合いの前でこんな声出して。おまけに抑えが効かない。
さっきの三人組を目にした瞬間みたいに、目の前が真っ赤になる。
須藤はいつも通りの態度で俺に言った。
「テメェこそ、何やってんだよ。小遣い稼ぎでもしたくなったか?」
「止めに来たんだよ」
俺は言った。
「副会長、お願いします。須藤は俺に任せてください。責任持って止めます」
ご立派な言い草をしてはみたものの、本当は違う。
ただ、無性に腹が立っていただけだ。
初撃は俺が入れた。須藤が伸ばした巨大な爪をまとめて断ち割る。硬度が高めのシュッとしたやつじゃなくて、昔使ってたデカい方のやつだ。硬度は1.4とか1.5くらいなので余裕で砕ける。
「へぇ、結構やる気じゃねェか」
「嫌々やってんだよ。さっさと投降しろ」
廊下に落ちた零結晶の粒子をジャリジャリ踏みながら俺は須藤に接近する。須藤は後ろに下がっていく。そのまま逃げてくれるのならそれはそれで――いや、それで他の奴と戦闘されたら困る。ここで捕らえるしかない。
蛍光灯の薄明かりがチカチカと明滅している。一瞬、須藤の姿が闇の中に消えては、光が戻って浮かび上がる。そしてまた消える――瞬間、須藤の靴が床を蹴る気配がした。
「……ッ!」
がつっと強い衝撃。須藤の爪が
「よく今の避けたなテメェ」
須藤が言う。俺は答える。
「お前の攻め方はお見通しだ。どんだけ一緒に潜ってたと思ってる」
「それもそうか」
また須藤が言う。今度は少しだけ、口元に寂しそうな微笑みを浮かべて。
「正直なことを言えば、俺はテメェらとは戦いたくねー。苑麻にも先輩方にも、何かと世話になってるしな。見逃してくれねーか」
「駄目だ。お前が《肉入り》で戦うのをやめない限り」
「そうか。交渉決裂ってワケだ」
「交渉する気ゼロだろお前!?」
思わず叫んでしまう。
「親の手術代稼ぎたいからこんな《
「
「あ?」
「それにどれだけ時間がかかるかってことだよ。俺は今すぐにでも金が欲しい。今すぐにでもおふくろにいい手術を受けて欲しい。その役に立つのか? テメェの言う『国の制度』とやらがどンだけいい制度なのか知らねーが、今も苦しんでるおふくろを、今すぐに助けてくれるのか?」
「……それは」
俺はまた何も言えなくなる。
今すぐに、即効性のあること。手元にない金をギャンブルのベットのように目の前に積むこと。
この国の福祉がどれだけ国民のために尽くしてきたのか、こなかったのか――判断できるだけの知識を俺は持っていない。
だが、事実がどうであれ、おそらく確かなことが一つだけある。
そんな制度は存在しない。
「おふくろが病気で苦しむ時間を、少しでも短くしてやりたい。結局そのためには金が要る。それとも――」
須藤が暗く笑う。
「テメェが腕の一本でも、プレゼントしてくれるってのか?」
「……!」
「できねーって顔したな」
ふ、と須藤は少し目を細めた。
皮肉めいた……、と最初は思った。だがそうではない。どこか、優しさを感じるような笑顔だった。
「安心しな、俺もテメェにンなことはしねーよ。だから、どうでもいい奴らから奪う。こんな《
須藤が爪を構える。くいくい、と器用に人差し指を動かして、にやりと俺を挑発してくる。
「来いよ。わからせてやるよ」
「わからされんのはてめえの方だよ」
ふつふつと怒りが湧いてきた。
あたかも論破されたような流れになっているのが何しろ気に食わない。
結局のところこいつは、自分の正義のために倫理を投げ捨てるようなクソガキってわけだ。一見筋が通っているように見えるのがタチが悪い。
何が最悪かって?
こいつの予後。ついでに俺の胸糞だ。
俺はまっすぐに
口で言ってもわからねえだろ。だったら身体に教えてやるよ。てめえがどんだけアホなのかってな!
そこから須藤が本気を出してきた。
防戦一方じゃキリがない。攻めに転じる必要がある。下がって間合いを取るのではなく、前に踏み込んで一撃で仕留める。何発か受けて大体わかったが、この程度なら二発くらいは耐えられる。カウンターで深手を負わせれば、それで終わる。
須藤の右の大振りを
炸裂音。
須藤が斜めに傾いていく。違う、傾いてるのは俺だ。遅れて軽い吐き気が来る。須藤の左の爪が爆発したのだと気付く。気付いたときには腹に蹴りを食らっていた。二度目の爆発。俺がその衝撃で、須藤がその反動で、相対的に離れた位置にすっ飛んでいく。
受け身を取り損ねた。
斬り合いをやりながら理解した。須藤は俺より強い。
自分の手に余ることでも、成し遂げなくてはいけないこともあるのだと知る。
今回の課題は明快だ。自分より強い相手を倒さなくてはならない。
そのために必要なのは?
策だ。
須藤が踏み込みの体勢を取る。チカッ、とまた蛍光灯が瞬く。炸裂音を置き去りに、明滅の間をコマ送りにしたように、須藤が俺に突っ込んでくる。
俺は――
「かは……ッ」
それから何度かの斬り合いの果てに――
須藤の爪をまともに受けた俺の右手から、
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