5-2.《肉入り》の夜が始まる

 そして俺たちは《ゲーム》の開始場所に向かった。

 主戦場ステージの案内についてはメーテルリンクスS N Sのダイレクトメッセージに通知が来ていた。なんで運営は俺のアカウントを知ってるんだろうな、と思ったが今更だった。まあ知られて困るような情報は上げていない。

 戦士通りヴィア・ギジオンの西の端、ウバの森の麓。そこに丸太で作られたロッジがあり、俺たち参加者の控室になっているようだ。中には広いダイニングがあり、風紀委員の皆様が全員座れるくらいのスペースがある。

 23:55になると、部屋の隅に置かれていたラジオからピエトロ氏の声が流れ出した。

『お集まりの皆様、大変長らくお待たせいたしました。楽しい楽しい《肉入り》の時間です』

「この道化は人の神経を逆撫でする言い方しかできないんでしょうか?」

「奴さんに人並みの配慮を求めても仕方がないだろう。諦めたまえ」

 磐田先輩もなかなかのご様子である。俺もイラッと来たので代わりに怒ってもらえてスカッとする。

『ルールの説明をいたします。《肉入り》はアップルテイカー同士の腕を競い合う特殊イベントです。罠や駆け引きといった、普段のエデンズフィールドでは味わえない対人戦の醍醐味を、お楽しみいただければ幸いです。お金のために戦うあなたも、誰かのために戦うあなたも、正義のためにこそ戦う皆様方も、けして後悔することのなきよう、零結晶と《林檎》の補充をお忘れなく』

 お決まりの口上。

『では――善き《殺戮ゲーム》を』


 現われた主戦場ステージに、俺は一瞬目を疑った。

「……これ、大月うちの校舎ですか?」

 見覚えがあるどころの話ではない。なんなら毎日のように目にしている。敷地全体をぐるりと囲む漆喰の外壁と黒塗りの校門。その向こうには、俺たちの母校である大月高校と寸分違わぬ構造の、白亜の学舎が建っている。

「私たちへのちょっとしたいやがらせ、もしくは牽制でしょう。『お前たちの魂胆は読めているぞ』という」

「つくづく碌でもない連中だ。真っ当な大人への期待を失ってしまう」

 委員長たちの言いように次々賛同の声が上がる。先輩方にもこんなに言われるピエトロ氏やべえ。

 正面玄関から足を踏み入れる。校舎内の至る所に据えられた校内放送用のスピーカーから音楽が流れていた。俺にも聞き覚えのあるクラシック――パッヘルベルの『カノン』。

「凄惨なイベントにクラシックか。ミスマッチを狙ってのことだろうが、レベルの低い露悪趣味だな」

「いつものことです。ここの運営に芸術的センスを期待しても無駄でしょう。逆にセンスがあっても腹が立つだけですが」

 多分そうなのだろうなと俺も思う。大体、何をやっても氏のドヤ顔がちらつく時点でどうしようもない。


「《肉入り》――と言うよりはエデンに於ける長期戦の基本だが、最初に行うべきは補給ポイントの確保だ」

 校舎の中を進みながら、委員長が新入りの俺に教えてくれる。

「ご多分に漏れず、交戦区域内にいくつか結晶樹の生えたポイントがある。《肉入り》は参加者の上限が決まっているから、とにかくアップルテイカーの数を減らせばどうにかなる。ただし、種を『吐』かせた後で補給に走られたら堂々巡りだから、制圧したポイントに人を置いておく」

「補給ポイントの数は決まってるんですか?」

「開始直後のカチ合いを防ぐために最低2つはあるはずだ。が、マッピングして確認しなければ正確な数はわからないな」

「どうなったら終わりなんです?」

「全参加者と行動不能者の数が定期的にアナウンスされる。僕たち風紀委員ジャッジメントが10名と、苑麻君、須藤君を合わせて12名だから、参加者数がそれを割ったら終了と思っていい。まあ、全員が無事であることが前提だがな」

「誰かがやられる可能性だってあるわけですか……」

「無論、そうならないように準備をしている。――早速見えたな。補給ポイントだ」

 大月の校舎は巨大なロの字の形をしており、俺たちの入ってきた玄関から中庭に降りることができる。中庭には本物の大月高校と同じようにいくつかの木製のベンチと花壇が置かれていて、真ん中あたりに藤棚がある。ただし、藤棚に巻き付いているのは蔓ではなく、巨大な結晶樹の蔦だった。

「ここから二階の廊下が確認できるな。いいポジションだ」

「何人残しますか?」と零結晶を手折りながら磐田先輩。

定石セオリー通り二人でいいだろう。全員の武装が固まったら、まずは一階のクリアリングだ」

 委員長は委員長で拳銃に弾倉マガジンを差しながら言う。俺も風紀委員の皆様方を横目に自分の分の零結晶と《林檎》を確保する。思惟を這わせた短剣グラディウスの硬度は3.5といったところだ。よし、今日は調子がいい。

 4人と5人のグループに分かれることになった。玄関を起点としてふたつのグループで廊下をぐるっとさらうように一巡りして、最終的に合流できたらクリアリング完了という寸法である。俺は磐田先輩をリーダーとする5人の組に振り分けられた。

 委員長のグループと二手に分かれ、俺たちは廊下を駆けていく。風紀委員が率先して廊下を走る図がちょっと面白かったが、この面白さは誰とも共有できなさそうだったので何も言わないでおいた。

 手始めに一階の角に位置する科学実験室を探っていく。念のために地雷探知機よろしく硬化した武器を振って共振ハウルが起きないことを確かめる。クリア。ついでに隣の科学準備室もクリア。

 再び廊下を走りながら、気になったことを磐田先輩に聞いてみた。

「こういうの、《叢雲むらくも》で簡単にできないんですか?」

「今回についてはあまり意味がありませんね。中を確認するのに戸を開けなくてはなりませんから」

 なるほど、秒でバレバレというわけだ。そうそう上手くはいかないものなんだな、と思っていると、先頭を切っていた風紀委員の方が鋭い声を上げた。

「副会長、会敵です!」

 空き教室の中から三人、硬結晶で武装した男たちが現れた。

 獲物は槍と刀と弓矢――弓矢と来たか。7階層で鍛えておいてよかった。

盾役タンク二名、先頭をお願いします。残りは待機。私が弓兵を潰したら突撃を!」

 指示と共に二名の風紀委員が機動隊よろしく防弾シールドを思惟によって硬化ディレクション。間髪入れず矢がビュンビュン飛んでくるので俺たちは盾の後ろに隠れておく。味方にいるとありがてえな、大盾。

 戦況が膠着していると思い込んでくれたらしめたものだ。磐田先輩が盾役の陰で《叢雲むらくも》を発動させる。矢の硬度が足りずに大盾を抜けないと悟った相手方は前衛二人で突進してくる。迎え撃たないと――と思って陰から出た瞬間、俺の左頬を推定硬度3.3の矢が掠めていった。焼けるような吐き気。ああくそ、付け入る隙がない……!

 だが結果オーライというか、俺の行動がフェイントとして機能したみたいだ。前衛二人の横をするりと抜けた磐田先輩が、数秒も経たないうちに後衛を『吐』かせた。その瞬間にこちら側も待機中の二人が飛び出し、大盾を武器に持ち替えた盾役と共に四対二の状況を作り出した。

 数の暴力なのか実力差なのか、そうなってからは瞬く間に勝負が決まった。俺はといえばぼけーっと突っ立ったままである。遠くで弓矢の男が妙な態勢でもがいているのを眺めながら、磐田先輩が押さえてるんだなと気付いて、慌てて手伝いに向かった。

 事前に配布されていた結束バンドを取り出して男の腕を拘束する。もちろん、男が予備に持っている《林檎》を回収して、復活リスポンできないようにしておくのも忘れない。

 捕まえたやつらは俺たちの拠点であるところの中庭に連れ帰って、拠点の防衛に残した二名に監視してもらう想定である。倒したその場で放置することはできない。彼らが別のグループに見つかってしまった場合、惨劇が起こるのが明らかなためだ。

 拠点に戻ると委員長たちのグループも戻ってきていた。別の四人組と鉢合わせしたものの、秒で叩き伏せてきたらしい。さもありなんってやつだな。やっぱり委員長はすげえや。

 再び廊下を二手に分かれて進み、今度は一度も戦うことなく一周できた。これにて一階のクリアリングが完了ってわけだ。

 次は2階か部室棟か――と考え始めたところで、スピーカーからピエトロ氏のアナウンスが流れた。

『途中経過をお知らせします。現在時刻は24:30。《肉入り》参加者数49、うち、棄権を含む行動不能者数10。引き続き健闘を祈ります』

 残り39人。

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