17 オリジン-5-

「カイロウだ」

 陰鬱とした空気を打ち破るように彼は言った。

「それは――」

 オリジンは側頭部にあるネジをつまんだ。

「――あり得ない。その名は872年前から811年前までに存在した人間のみだ。お前は何者だ?」

 両者の視線はちょうど真ん中でぶつかったが、先に目を逸らしたのはカイロウのほうだった。

「なるほど、少しずつだが分かってきたぞ」

「お前は何者だ?」

「つまり記録にないのだろう? 私の名前はカーティ=オルネだ。それで調べてみるといい」

 静寂はほんの数秒。

 人間ならたったひとりの名前を記録から探し出すのに莫大な人手と時間を使うが、これはそうではない。

 頭の使い方が全く異なるからだ。

「それもあり得ない。その者は4年前に死亡している。お前は誰だ?」

「カーティ=オルネだ。妻の名はレンテ。娘はティレルだ」

 オリジンの動きが止まった。

 リエも分からないという顔をしている。

 しばらく待ってみるが反応はない。

 彼はもう少し様子を見ることにした。

 観察するのはオリジンの知能を確かめるためだ。

 自分たちの常識を超えたこのロボットが、どう考えてどう結論を出すのか。

 恐ろしくもあったが、試したいという気持ちもあった。

 そんな想いを抱くのも、オリジンの胴体に見覚えのあるパーツを見つけたからだ。

 彼が手がけた特殊な仕様の作品のひとつだ。

 黒く煤けたような色合いの胸部とはちがい、腹部より下は比較的新しいパーツで構成されていると分かった。

「記録に誤りがあるとは考えられない。死を偽装したな?」

 オリジンは目の上のパーツと顎をぎこちなく動かし、不快感を示すような表情を作った。

「そうだ。私は記録上、死亡したことになっている。交通事故死――届け出はそうなっているだろう?」

 側頭部のネジを巻き直したオリジンは何も言わない。

「ドクターにそんな秘密があるとは知りませんでした」

 リエは始めこそ驚いたが、彼がオリジンを出し抜いた――と彼女は思っている――ことに満足げだった。

「だから秘密なんだ。政府の目を欺きたかったから」

 死を偽ってまでした苦労も、もうすぐ報われる。

 クジラに乗りつけた時点で目的の半分は達成されていたようなものだった。

「その程度の知恵をつけた人間が現れ始めたということだな」

 オリジンは大袈裟に”ため息をつく”と、肘掛けのパネルを操作した。

 一瞬、耳鳴りのような音がし、いくつかのモニタが起動する。

 映し出されたのは2人がこれまでに巡って来た部屋だ。

 箱庭やカプセルだらけの部屋が、複数のアングルから撮影されていた。

「種には異常はないようだ。だが念のために浄化しておく必要がある」

 しばらくすると映像が曇り始めた。

 白い霧が天井から降り注ぐ。

 ゆっくりと沈むように落ちていく霧は床を覆い尽くした。

 なおも流れ落ちてくるそれは次第に行き場を失い、壁を這うように上へ上へと昇っていく。

「何をしているんだ?」

「菌を殺しているのだ。種は外部から持ち込まれた微生物に弱い」

「あなたは一体何なの? ロボット……ではないわね?」

 ひとまず危害を加えてくる気配はないと分かり、おそるおそるながらもリエは問うた。

「そう呼ばれていた時期もある。我を作った人間はAIを搭載したロボットだと喜んでいたが、それには何の意味もない」

「作った……ならロボットなのね?」

「どのように認識しようと自由だ。それよりリエ・カザルス。声の高さに差異がありすぎる。聴覚機能が上手く働かない」

 耳の付け根のネジを何度も回しながらオリジンは苦情を言った。

「なら私が質問しよう。お前には訊きたいことが山ほどある」

 言ってから彼はリエに耳打ちした。

「後ろに気を付けておいてくれ。私たちを捕まえに何者かが来るかもしれない」

 彼女は小さく頷き、半歩退いた。

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