16 楽園-7-

 のどかな風景にもそろそろ飽きてきた頃、それは突然目の前に現れた。

 見通しの良い草原に小さな森があり、足を踏み入れるとすぐに瀑布に行き当たった。

 川の水はここから流れているらしい。

 しかし水量や高さにしては静かすぎた。

 跳ねた水が辺りを濡らし、苔むしていてもいいハズなのにその様子もない。

 その理由は近づくとすぐに分かった。

「扉、だな……」

 崖のように見えたのは、岩肌を模した凹凸を施した壁だった。

 流れる水ははるか高所からだったが、樋(とい)を伝うように一定の水量が真っ直ぐ下に落ちる構造だった。

「ありました」

 その岩肌の一カ所だけが不自然に平坦になっており、明らかに人工的な切れ目が走っている。

 胸ほどの高さの位置に、やはり岩壁に偽装したパネルがあった。

「楽園の終わりか」

「もっと素晴らしい世界があるかもしれませんよ」

 彼は躊躇なくパネルに手を触れた。

(ボタンを押すのではなく触れるだけで扉が開くのは、どういう原理なんだ?)

 カイロウは自分の手をまじまじと見つめた。

 指紋を読み取っているのか、指の感触か、あるいは体温を検知しているのか。

 これまで当たり前のようにしてきた操作だが、その仕組みは分からなかった。

 この仕掛けひとつとっても、クジラが自分たちの住む世界とは根本的に異なる存在だと痛感させる。

「開きましたよ?」

 リエは扉の向こうにいた。

 彼も慌てて付いていく。

 自然豊かな景色から一転、周囲は再び無機質な白に覆われた。

 先ほども見た内装なので緊張はない。

「これでまたさっきの倉庫みたいな場所に出たら、間違いなく混乱するな」

「その時はその……そういうところじゃないですか? 口から入ったのですから、出るのは――」

「なるほど、肛門か」

「ドクターのことは尊敬していますけど、そういうところは嫌いですね」

 場に慣れるとこの程度の軽口を叩けるようにもなる。

「こういう通路がきっと他にもあるんでしょうね」

「だろうな。迷ったら引き返せるように目印でもつけておいたほうがいいかもしれない」

 と言ったはいいが、使えそうな物を何も持っていないことに気付く。

(まあ、いいか。今のところ複雑な構造でもない)

 などと考えている間に再び扉に突き当たる。

 当然のように脇のパネルに触れ、先へと進む。

 リエの予想は外れだった。

 落ち着いた照明の下に広がるのは汚れひとつない部屋だ。

 人の大きさほどもあるカプセルのようなものが縦横に等間隔に並ぶ。

 その数は入り口から見えるだけでも100はある。

「妙なところに出てきましたね……」

 リエが不愉快そうに言った。

「ああ、まるで――」

 棺のようだ、と彼は呟いた。

 先ほどとは打って変わって、ここには生命を感じさせるものがない。

 光源は人工の物と分かるし、広い間隔を置いて並べられたカプセル以外には目立ったものはない。

 カイロウはカプセルに近づいた。

 金属製の箱だ。

 側面はやや丸みを帯びていて、見ようによっては巨大な繭を連想させる。

「これはもしかして……?」

 天面は強化ガラスになっていて、中の様子がうっすらと見える。

「何かあるんですか? 私も――」

 横に立ってカプセルを覗き見たリエは一瞬、息が止まった。

 中には男がいた。

 やはり裸のままで、その人物は仰向けになって目を閉じている。

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