14 叛乱-5-
「よし、捜せ。問題の男につながりそうな物は何でもいい、没収しろ」
役人たちは散開した。
「ドクター、裏に回りましょう」
一緒に様子を見ていたリエが耳打ちする。
2人はそっと扉を閉め、足音を立てないように裏口に向かった。
「ここには誰もおらんぞ」
デモスは自分に注意を引きつけるために、わざと大袈裟な動きで水を汲みに行った。
「何者かが入ったという情報がある。いるのは間違いない」
積んである資材の陰や大きな甕の中、壁際の簡易の倉庫……。
彼らは人が隠れられそうな場所を調べ上げたが、もちろん何ひとつ見つからなかった。
「奥の作業場も捜せ。あそこは死角が多い。慎重に調べろ」
役人に指示するテラ自身はここから動こうとはしなかった。
デモスが隠し事をしていることは分かっているから、彼の一挙一動をつぶさに観察するためだ。
当の本人は呑気に水を飲んでいる。
「今ならまだ間に合う。隠しているなら出せ。そうすれば私たちに協力したとして金が出る」
「………………」
「だがその前に奴らが見つけたら――男を匿った罪で貴様は無事では済まん」
「取引のつもりか? だが初歩がなっておらん。教えたハズだぞ。取引はあくまで対等の立場で。そして相手に選択肢を与えることだ」
デモスは咳払いした。
「強権的なやりとりは取引とは言わん。まして政府の威光をちらつかせるのは論外だ」
テラは背を向け、一度ため息をついてから再び向きなおった。
「自分の立場が分かっていないようだな」
「儂はお前ほど愚かではない。お前に分かることなら儂にも――」
「分かっていない!」
彼はテーブルに拳を叩きつけた。
「なぜあの時、忠告に来たと思う?」
「忠告のためだろう?」
「貴様を――デモス先生を死から救うためだ」
2人の視線が交わった。
だがテラはすぐに気まずそうに目を逸らした。
「男との不審な取引がある――ただそれだけの疑いで支局は先生を拘束しようとしていたのだ」
「ありえないことだな。確たる証拠を集め、令状が認められるまではできん」
デモスは笑った。
捜査は被疑者が一切の言い逃れができないよう徹底的に行なわれる。
拘束された時には動かぬ証拠が全て揃っていて、反論の余地すらなく刑を言い渡されるのが通常だ。
「連中はクジラに対する叛逆と決めつけていた」
笑みは消えた。
「ああ、なるほど……それは具合が悪いな」
クジラにあだなす者――あるいはその疑いをかけられた者――には厳しい制裁が待っている。
この場合、通常の捜査もなければ公平な裁判も開かれない。
クジラに害を与えるおそれあり。
一度そう見做されれば潔白を証明するのは極めて困難だった。
「私にできるのは密かに忠告することだけだった。適当な理由を作って容疑が固まったことになれば、捜査を経ることなく先生は拘束される。
拷問にかけて男についての情報を吐かせるのに連中はためらいを感じない」
「ならばそう言えばよいものを」
「雇い主の意向には逆らえん。だが先生への恩もある。だから忠告した」
「そうか、そういうことか。お前のサインを儂は読み取ることができなかったというワケだな。歳はとりたくないものだ。目も耳もこうも衰えるとは」
不思議なものだ、と彼は呟くように続けた。
「儂を恨んでいるのではなかったのか? お前のその体――生身の大半を失ったのは儂の不手際が原因だ」
空になったグラスに口をつける。
数滴の水が喉を打ったが渇きは癒えない。
「あれは任務中の事故だ。先生に責任はない。だが負い目を感じているなら男を出せ。それが最善だ」
「悲劇的な皮肉だな」
わざとらしくテラから目を逸らしてデモスは言う。
「儂もお前もかつては反体制を掲げて戦ったというのに、今やその敵の飼い犬に成り下がるとは――」
「先生も同じではないか。老いさらばえ、資源を政府に納めるだけの貴様とどれほどの違いがある?」
「うむ、儂から反論の機会を奪う効果的な切り返しだな」
「この体を”直して”くれたのは、私たちが打ち倒そうとした政府だ。恩義を感じて当然だろう」
「ああ、たしかに。そんな体にした儂と、それを直した政府とでは比べるまでもなかろうな」
「論じている暇はない。早く男を出せ。双方のためにな」
誰にとっても残された時間は少なかった。
時を重ねるほどデモスは不利になる。
成果を上げなければならないテラもそろそろ焦燥を隠せなくなってくる。
「どのみち――」
デモスが何か言いかけた時、裏手からエンジン音が聞こえてきた。
テラは慌てて外に飛び出した。
走行音が工場の外をぐるりと回り込んでくるのを感じる。
「クソ! やはりいたか!」
外壁の角から車が走り出てきた。
速度を上げてこちらに迫ってくる。
テラは道路の真ん中に立ちはだかった。
車はさらに速度を上げて向かってくる。
タイヤが土を噛んで砂礫を巻き上げる。
地面のわずかな起伏に車体を激しく上下させながら。
「………………!!」
真っ直ぐに走ってきた車はテラの体を紙屑のように跳ねあげた――。
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