12 胎動-7-
(こんな生真面目そうな男が――?)
ネメアの心境は複雑だった。
2日前、仕事でダージに付き添った際に彼はこう言った。
”カイロウとは距離を置いたほうがいい”
その意味が分からない彼女ではない。
役人に盾突くようなことを考えているのだろう、程度の予想はしていた。
そういう人間は遡ればいくらでもいた。
現体制に不満を抱いて支局で爆破騒ぎを起こした、役人の自宅に火を放ったという過激な例もある。
それより穏健な者たちは団結してシュプレヒコールを上げ、国の強権的な姿勢を批判してきた。
こうした騒ぎは速やかに制圧され、人々は次第に声を上げ行動を起こすことは無意味であると悟り始める。
今では反政府を掲げる騒動は年に一度、あるかないかというくらいだ。
強引な幕引きを図ってきた政府の努力の成果といえるだろう。
つまりこの世界では権力者に背くことは許されない。
特にクジラに対しては彼らは皆、神経質なほど気を遣う。
そうすることが当然だと産まれた時から刷り込まれているから、この風潮に疑問を抱くこともない。
そんな時代にあって、体制に立ち向かおうとしているカイロウは稀有な存在だ。
だがネメアが見るところ彼は温厚篤実で、とてもそんな行動を起こすような人間とは思えなかった。
(人は見かけによらない、ってことなのかしら?)
ダージとはちがい、彼が何事かを企んでいるとしてもそれを諌止するつもりはなかった。
何を考え、どう行動するかは当人の自由だ。
「感謝するよ、ネメア君。これだけ分かれば充分だ」
いつの間にか思案を終えていた彼は、箱にいっぱいの金貨を差し出した。
この男は金が惜しくはないのか、とネメアは思った。
目の前の金貨の山は、彼女にとっては数年分の収入に相当する。
彼自身、さして裕福そうには見えないのに、どこにこれだけの財源があるのかと疑いたくなる。
もしやテロ組織の一味なのでは、という疑念すらよぎるほどだ。
「対価にしては多すぎない? それともあんたにとってはこれだけの価値がある情報だったの?」
「正当な報酬だよ。これでも少ないくらいだ」
「冗談でしょ? 人に聞いた話をまとめただけなのよ? 報道記者の真似事ですらないのに」
「デマをばらまく報道とはちがう。私が知りたいことだけを集めてくれたんだ。その手間賃さ」
ネメアは言葉に詰まった。
見栄でも何でもなく、カイロウは本当にこれだけの大金を差し出すつもりらしい。
「きみには受け取る権利がある」
「こんなに貰ったら同業者から恨まれるわ。あんたのところにも売り込みが殺到するわよ」
「黙っていればいいじゃないか」
「申告しなくちゃならないのよ」
「分かった。ならここから好きなだけ持って行ってくれ」
ネメアは渋々といった様子で金貨を3枚つまみ取った。
「それだけでいいのかい?」
「これでも多いの!」
彼と話していると金銭感覚が狂ってしまう。
早々と箱をしまうように言い、ネメアは報酬を懐深くに収めた。
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