12 胎動-6-

 ネメアが訪ねてきたのは、3日後のことだった。

 快活な彼女にしては珍しく落ち込んでいる様子だったので、カイロウは依頼した仕事が上手くいかなかったのだと思った。

 先ほどまで眺めていた地図を片付け、成果を聞き出す。

「仕事をしながらいろいろと訊いて回ったよ。多分、あんたにとっては有益な話さ」

 カイロウは首をかしげた。

 だとすればなぜ彼女はこんな表情をするのだろうか。

 口ぶりからするに依頼主を満足させられるだけの情報を持ち帰って来たのだろう。

 ならば誇らずとも、少しくらいは得意気な顔をしてもいい。

 しかし今のネメアには覇気が感じられなかった。

「方舟は夜も飛んでる。それも決まった時間、決まった場所でね。そこを拠点に活動してる調達屋たちに聞いたから間違いないよ」

 ポケットから数枚のメモを取り出す。

「きれいな字だな」

 メモには聞き取りの結果がびっしりと書き込まれているが、字はまったく崩れていない。

 まるで教科書のような模範的な書体だった。

「あんたに見せるためだからね」

 褒められているというのにネメアは照れ笑いのひとつも浮かべない。

「といってもこれだけじゃ分からないだろうからね。これ、借りるよ」

 脇によけておいた地図を広げ、方舟に関する詳細を書き足していく。

 先にダージから得たクジラの遊泳ルートも併せ、完成した地図はかなりの密度になった。

「……と、これで全部だね。見て分かる通り、方舟が往復してる間はクジラは完全に止まってる」

 人に尋ね歩くのは苦手だから片手間で――と言った割に、ネメアの仕事ぶりは見事なものだった。

 これまで数多くのボディガードをこなしてきた実績から信頼を得ていたことが大きく、リサーチには充分な回答が集まった。

 ネメアは調達屋の間では口が堅いことで知られていたから、彼女に問われると警戒心が緩んでいくらでも話してしまうものらしい。

 おかげでカイロウが知りたかった内容の全てが、この地図に収まった。

「行政区の近くで働いてる連中によれば、方舟は市が管理するいくつかの集積場を行き来しているようね。そこで物資を積み込んでいるらしいわ」

「物資とは?」

「いろいろさ。たいていは工業製品らしいね。そこに置いてあるようなパーツとか」

 ネメアは壁際に乱雑に積み上げられた部品を指差した。

「他には衣服だとか果物だとか、とにかくいろいろあるみたいよ。ああ、それから、方舟からは何も出てこないとも言っていたわ」

「あれは空の状態で飛んでくるのか?」

「でしょうね。さしずめクジラへの供物ってところかしら」

 彼女にはクジラへの尊崇の心はない。

 だが恵みの雨を求める調達屋に雇われる、という意味では間接的に恩恵を受けているから、その点だけは感謝していた。

「方舟はクジラのどの部分から出て、どの部分に戻っていくのかは分かるか?」

「そこまでは無理よ。暗くて見えないわ。昼間と同じで口が開くのかもしれないわね」

 その後も彼女はメモを頼りに、方舟に関する仔細を説明した。

 明らかになったのは方舟の挙動に確かな法則性があるということ。

 その法則は当然、15日を周期として繰り返されていること。

 数十カ所ある方舟の着陸地点は警備が厳重で、近づくのは不可能だろうということだった。

(やはりそう簡単にはいかないか……)

 クジラに近づく方法として最も手っ取り早く、且つ確実なのは方舟に忍びこむことだ。

 乗り込みさえすればあとは自動的にクジラまで運んでくれる。

 その先の展開は予想もつかないが、同じく方舟を使えば再び地上に戻ることはできるだろう。

(そうなると、あれを使うしかないのだろうな――)

 黙り込んでしまったカイロウを、ネメアは訝るように見つめていた。

 彼はその視線に気付かない。

 2人からもたらされた情報を前に計画を練り始めた彼は、外部からの刺激に鈍感になっている。

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