12 胎動-2-
(それよりも……)
広報紙を眺める。
無数の人々が天に祈る様が描かれている。
彼らの頭の中では全人類が信者であるらしい。
実際、クジラ教の支部は各地にあり、最も大きな宗教団体であることは誰もが知っている事実だ。
信者も相当な数である。
それが一斉に儀式めいたイベントを起こすとなれば――。
このセレモニーを何かに利用できないか、とカイロウは考えた。
「さっきあなたが言った、光を与えてくれるというのは……私たちがクジラ――クジラ様の元に行けるという意味ですか?」
興味のあるふりをして尋ねてみる。
もしそうなら今すぐ入信し、敬虔な信者を演じてやろうかと彼は思った。
だが返ってきたのは、
「それは大教祖様にしかお分かりになりません」
という何とも無責任な答えだった。
ならばその人物に直接聞いてやろうとしたが、
「大教祖様は誰ともお話になりません。最高幹部だけが言葉を交わすことが許されているのです」
信者が慌てて制する。
(自分はさんざん語っておいて……)
やはり宗教などあてにならない。
こんなものに私財を投げ打つなんてどうかしている。
あわよくば入信を、と見え透いた魂胆を隠そうともしない信者に背を向け、カイロウは人混みに紛れた。
ついでに丸めた広報紙を投げ捨てる。
(13日後、か……)
クジラ教に興味はなかったが、その日時だけは覚えておくことにした。
施設に着いたカイロウは、通用口から地下の作業場に入った。
ここしばらくは新しい患者が来ない。
来るのは過去に取り付けた義肢のメンテナンス目的の者ばかりだった。
そうなると収入は減ってしまうが、作業に没頭できる時間は増える。
彼にとっては後者のほうが都合が良いのは明らかだった。
ここで特注も同然の義肢を施工するより、レキシベル工業から受ける仕事をこなしたほうが見返りははるかに大きいのだ。
いま、彼が欲しいのは金ではない。
娘を取り戻すために必要なもの――その準備にかかる時間だ。
杜撰で緻密な設計図を基にして、それは完成しつつある。
ひとつ大きな問題があるとすればテストができないことだ。
しかも失敗は許されない。
万が一にも欠陥があって、ほんのわずかでも機能しない部分があれば、彼は目的を達するための全ての道を失う。
だから時間が重要なのだ。
材料は充分にある。
義肢を作るよりずっと繊細で根気の要る作業を、カイロウは黙々とこなした。
外装部は間もなくできあがる。
そうなれば次は接合部を中心に強度を確かめなければならない。
彼はデザイナーではない。
見た目はさながら幼児が積み木で作った城のように、パーツの形状が剥き出しの無骨なフォルムだ。
しかしそれ故に構造は堅実である。
無駄な装飾で耐久性を落としたりはしない、美よりも機能性を重視する彼らしい作品だ。
(これで問題はないと思うが……)
構築には常に最善を尽くしてきた。
ただ要求される正確性は義肢の比ではない。
彼は設計図を何度も見直し、些細な間違いがないかを入念に確認した。
人手があればもっとスムーズに進んだのに、と考えたことはある。
各分野の専門家を集めれば、設計から製造まで最も効率よく動けたであろう。
「我ながらよく一人でここまでできたものだな……」
普段は自分の仕事ぶりを誇らないカイロウも、こればかりは出来栄えを自賛したくなった。
たったひとりで、数年がかりで作り上げた大作なのだ。
残念ながら披露することはできないので、他人の評価を得ることはできない。
しかしこれが予定通りに稼働してくれれば、百万の称賛よりも価値のあるものが手に入る。
いや、厳密には戻ってくるのだ。
(もう少し……あともう少しだ…………!)
彼の心は少年のようにときめいていた。
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