8 秘密基地-2-
数時間後。
手を止め、時計を見たカイロウはずいぶんと時間が経っていることに気付いた。
今日はここまでにしよう。
根を詰めすぎても能率が落ちるだけだと思い、作業場を手早く片付けて部屋を出る。
1階に上がって来た道を戻ると、奥から光が漏れている。
(患者か…………?)
と焦ったが、そのハズはない。
地下の作業場にいても患者が到着したら分かるようにブザーが鳴る仕組みになっている。
おおかたスタッフが施術室の消灯を忘れて帰ったのだろう。
そう思い、部屋に入った彼が壁のスイッチに手を伸ばしかけた時、
「ドクター?」
中から声がした。
部品用のコンテナで死角になっていたためにカイロウの位置からでは彼女の姿は見えていなかった。
「リエ君、こんなところでどうしたんだ?」
患者の姿はない。
他の助手もおらず、ここにいる理由はない。
「ドクターこそどうされたんですか? 今日は午前中の1件だけだと聞いてますが」
「まあ、野暮用でね。家に帰ってもすることがないし、時間を潰していたんだ」
そうですか、とリエは懐疑の目を向けたあと、
「私も似たようなものです」
と言って微苦笑した。
「今日はきみの担当ではなかったと思うが――」
「家にいても退屈ですし。でもここにいると落ち着くんですよ。おかしな話でしょう?」
「――ここが?」
その感覚はカイロウには理解できない。
ここはただの作業場だ。
しかも運ばれてくるのは体の一部を欠損した者ばかり。
作業台付近には誰のものとも分からない血液が凝固しているというのに、とてもそんな気分にはなれない。
「うん、まあ、人の好みはそれぞれだからね」
きみは変わっているな、という言葉を彼は言い換えた。
気分転換なら海でも山でも行けばいいのだ。
どうせ霧のせいで景観は期待できないが、少なくともここよりは空気はきれいなハズだ。
「私の本当の居場所――なのかもしれません」
「………………」
「………………」
「――ここが?」
彼はもう一度問うた。
たしかにリエの腕は良い。
カイロウのように加工はできないが、必要なパーツさえ揃っていれば難なく義肢を作製することができるだろう。
しかも女性特有の細やかさもあるから、患者の気持ちを落ち着かせるといったケアはスタッフ随一だ。
なにより彼女の最大の強みは医療系統に造詣が深いことだ。
想定外の出血など、患者の急変に対応できるのは彼女を含めて2人しかいない。
「たしかこの施設、部屋が余っていたんじゃないのかな。寝泊まりくらいなら」
そこを使ってはどうか、と彼は提案してみた。
「最近はわりと真剣に考えていますよ」
何をいまさら、といった様子でリエは返した。
どうやら両者の意識には大きな開きがあるようだ。
カイロウはこの話題に触れるのをやめた。
しばらく黙っていると、
「少しお話ししてもいいですか?」
と彼女が訊ねる。
「……かまわないよ。場所を移そう。ここはゆっくり話をできる場所じゃないからね」
鉄なのか血なのか分からない臭いがたちこめている場所だ。
あまり長居しない方がいい。
彼はやや強引に休憩室に誘導した。
途中、すれ違う者はいなかったから、スタッフはみな出て行ったらしい。
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