「ブス」
翌日、登校してすぐに、私は真美ちゃんのところへ行った。
「真美ちゃん、昨日、ごめんね。言いすぎちゃった」
どんな反応が返ってくるか、ちょっと怖かった。鼓動がドクドク胸を叩くのを感じつつ待っていると、けれど、思いがけないくらいやわらかな声で真美ちゃんは答えてくれた。
「いいよ。私も感じ悪かったし」
ホッとして肩から力が抜けた。だけど、真美ちゃんは穏やかな表情のまま、こう口にした。
「でも清水さんは、私やっぱりどうかなと思うんだ。だって、私と宮崎くんが毎日一緒に帰ってるの知ってるはずなのに、平気な顔して宮崎くんと一緒に勉強してさ。もしかしたら、清水さん、宮崎くんのこと好きなんじゃないかな?」
「違うよ」
つい出てしまった言葉にハッとなった。真美ちゃんは、ポッカリ口を開けて私を見ている。慌てて頭の中で説明を組み立てた。まさか「清水さんが好きなのは宮崎くんじゃなくてリッキーだ」なんて言えないから。
「清水さん、宮崎くんだけじゃなく、私とかリッキーとかにも分かんないところ教えてあげるって言ってくれたんだ。みんなで勉強しようって。だから……ただの友だちだよ。友だちだから、宮崎くんにも私にもリッキーにも、教えてくれんの」
私は前日のリッキーの言葉を思い出しながら話した。別に宮崎くんは特別じゃない。みんな同じ友だちだよ。
「そうかなぁ」
真美ちゃんは心に何か引っかかりがありそうな様子だったけど、それ以上、清水さんのことを口にはしなかった。
宮崎くんが教室にやって来たのはチャイムが鳴る間際のことで、始業前に真美ちゃんと話す時間はなかった。でも、彼の表情にはいつもの気楽な感じの笑顔に代わり真剣さがあって、ちゃんと真美ちゃんと話すつもりがあるのだと見て取れた。少し安心して、私は教卓の後ろに立つ先生の方を向いた。
「真美ちゃん、あのさ」
お昼休み、給食を食べ終えた宮崎くんは真美ちゃんに話しかけていた。
「ごめんね、昨日。いきなりだったし、びっくりしたよね」
私は自分の席に座って、彼の言葉一つ一つの形を確かめるくらい、じっと耳を傾けていた。また変なことを言い出すんじゃないかとドキドキする。
「ううん、大丈夫。初めから付き合えないかもって話だったし、宮崎くんは悪くないよ」
朝、私と話したのと同じ、穏やかな口調で真美ちゃんは答えた。でも、真美ちゃんの心には、まだ清水さんのことがしこりみたいに残っていると、私は知っている。ここからだ。頑張って、宮崎くん。
「清水さん、宮崎くん以外の子にも勉強教えてあげるって、言ってたんだよね?」
「え……? うん、そう!」
言おうと思っていたことが先に出てきたせいか、宮崎くんの声には動揺の気配があった。私は「ごめん」と心でつぶやき、それでも祈るような気持ちで宮崎くんの言葉を待った。
でも、次に聞こえたのは宮崎くんの声じゃなかった。
「清水さんって、意外とずるがしこいねー。他のみんなと一緒なら、真美から宮崎くん取ろうとしてんの、バレにくいもんねー」
ハッとして声の方を見ると、昨日、真美ちゃんの机に集まっていた女の子たちがいた。
「そういうんじゃないよ」
宮崎くんが言ったけれど、それはひどく頼りない声で、既に女の子たちの尖った口調に負けていた。それでも、彼は続ける。
「清水さんに勉強教えてって頼んだの、オレだから。清水さんから言ってきたわけじゃない。それに、オレも清水さんも、お互いに何とも思ってないよ」
「そりゃ、宮崎くんは何とも思ってないでしょ。だって、清水さんだもん」
そういう女子の声には意地悪な笑いがにじんでいた。
「清水さんは悪い子じゃないよ。いい子だよ。勉強の教え方だって上手いし――」
「宮崎くんって、優しいよねー」
「ほんとほんと。清水さんなんかのことかばってあげるなんて」
「でも、ブスは普通にしてたら男子に好かれたりしないし、実は必死なんじゃない?」
違うよ。そんなことない。宮崎くんはそう言ったけれど、彼の言葉は全部「宮崎くんは優しいから」なんて言葉でかわされてしまっていた。
私は視線を少し上げて、前の方の席に座る清水さんの後ろ姿を見た。きっと、彼女にはこの会話が全部聞こえている。そう思うと、胸がつぶされたようになって、私は口を開きかけた。でもちょうどその時、別のところから声が飛んできた。
「お前らより、清水さんの方が百倍マシじゃね?」
リッキーだ。とっさに見ると、彼は自分のイスから立ち上がったところだった。
「そりゃ、清水さんは髪スチールウールみたいで変だけど、性格も顔もブサイクなお前らより全然いい。本気でブスな女って、自分が好かれない分、他人のこと蹴落とそうと必死なんだよな。自分から勉強教えてっつったって、和真、言ってんじゃん。清水さんが、和真がそう頼んでくるように仕向けたとでも思うのかよ? そんな器用な奴があんな風にクラスで浮いたりしねぇだろ」
そこでリッキーは言葉を止め、厳しい目を真美ちゃんに向けた。
「吉村さんもさ、周りの女子がこんな風に清水さんのことバカにしたり悪者にしたりしてんの見て、いい気んなってんじゃねぇの? そういう女、和真に好かれると思うか? 女怖ぇって引くだけ――」
「リッキー、言いすぎ」
思わず、声が出ていた。リッキーの口から言葉が出る度に、みるみる真美ちゃんの顔へ悲しさが広がっていって、今にも泣き出しそうで、見ていられなかったのだ。
リッキーは、一瞬、目に驚きを映したけれど、すぐに不機嫌そうに眉間を寄せた。
「本当のことだ。吉村さんがくだらない嫉妬で清水さんに逆恨みすっから、他のバカが乗っかってくんじゃねぇの?」
「くだらなくないよ!」
私が声を張ると、リッキーは語気を強めた。
「くだらねぇよ。吉村さんも周りの女も、みんなブスだしクズだ。スチールウール女に負ける勢いでブスだ」
リッキーは投げるけるように言い、教室から出ていってしまった。
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