110.フェガリ王都

 わたし達は前回エルステに行った時と同じように変装をした。わたしは金髪青目のラウラ=テレジオに、アルトさんは金髪緑目のディーノ=ヴァリラに。

 色彩と髪型を変えただけなのに、相変わらずアルトさんには見えないというか……全くの別人だ。どう見ても穏和なエルフだもの。



 今回も同じ、フェガリとの国境近くに転移をする。国境で身分証に印を貰い、また隠れて転移――そうすれば王都はもう目前だ。さりげなく人の波に加わるけれど、旅人も多いようでわたし達を見咎める人は誰もいなかった。


「フェガリってどんな国なんですか?」

「昔から澱みの多い土地で、それだけ魔物が多い場所だ。人魔戦争では最初から賛成派に回っているが、それもリュナ月教が主導していると言われているな」

「うぅん……まぁマティエルが絡んでいると、そうなりますよね。澱みのある土地っていうのは何か理由が?」


 馬車がわたし達を追い抜かしていく。

 荷台にたくさん積まれた荷物の中から女の子が二人顔を出して、手を振ってくれた。思わず笑みが零れて、手を振り返してしまったのも仕方のない事だと思う。可愛いなぁ。


「昔、巨大な魔物が暴れていた。それを見過ごせずに立ち向かったのが月女神リュナ。討伐された魔物は汚泥となって溶けていったが、その身に宿る怨念は消えずに澱みとなって残ってしまったと伝わっている」

「なるほど……んん? なんだか聞いた事のあるような……」


 わたしは記憶を手繰り寄せる。母の昔話のなかに、リュナ様と共に巨大な蛇の討伐をした話があったような……その巨大な蛇は執着心が強くて、倒されてもその土地に怨念として宿ったと……。


「母君か?」

「ええ、母がそんな話をしていたような。倒された魔物って蛇ですか?」

「そうだ。三つの首を持つ巨大な蛇だったと言われている」


 やっぱりそうだ。まさか母にも縁のある場所だったとは。……リュナ月教の本拠地だもの、当然か。


「それもあって、フェガリでは月女神リュナを信仰しているんだ」

「なるほど、納得しました」


 わたし達がそんな話をしているうちに、城壁はもう目の前にまで迫っていた。

 広がる青空に向かってそびえ立つ、力強くさえある石造りの壁。魔物の襲撃に備えているのは明らかだった。



 フェガリ王都は大きな城郭都市だった。

 街に入る為の列に並び、兵士に身分証を確認してもらう。もうわたしも慣れたもので、にっこり笑えば大丈夫だと分かっている。


 ここは王城を中心にして町が広がっていて、いまわたし達がいる場所は冒険者や旅人が多く集う区画らしい。冒険者ギルドや武器屋、防具屋、冒険者が集う酒場や宿屋など、引きこもりだったわたしには、まるで冒険小説の中の世界だった。


「……ギルドって本当にあるんですねぇ」

「ネジュネーヴェの王都にもあるぞ」

「大きい街って行った事がないんですよ。買い出しくらいでしか外には行かないもので」


 エールデ教にお世話になってからは、大神殿お膝元の街にばかり行っているし。ネジュネーヴェの王都にも興味があるけれど、【紫の聖女】を探しているようだから、出来るだけ近付きたくないとも思う。


 それにしても人が多い。そういう区画にいるからなのか、とても賑やかで騒がしい。だけど楽しそうだとも思って、わたしは物珍しげに周囲を眺めていた。



「クレア」


 不意にアルトさんに手を掴まれる。どうかしたかと首に角度を持たせると、呆れたような溜息が降ってくる。しっかりと手を握られて、わたしは自分がはぐれる寸前だった事に漸く気付いたのだった。


「……すみません、初めて見るものばかりで」

「しっかり握っていろよ」

「はい、ありがとうございます」


 さて、それではリュナ月教へ……と思った時、なんだか見覚えのある人達がいる。

 二人組の冒険者。仲睦まじげな男女は……クエントさんとジュディスさん?


 わたしの内心が聞こえたわけではないだろうけど、ジュディスさんがこちらを見た。しっかりと目が合い、わたしはその目をそらせなかった。ジュディスさんもわたしをじっと見つめたままだ。


「……クレア?」


 ジュディスさんの声に反応して、クエントさんもわたしをじっと見つめる。

 怪訝そうにわたしを見た彼は、驚いたように目を見張った。


「え、クレアちゃんだ。……え、何で?」


 何でここにいるのか、かな。


 アルトさんからの視線も感じるなかで、とりあえずわたしはへらりと笑っておいた。それで誤魔化されてくれる人達ではないと、分かっているけれど。

 

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