14話 妖怪の身体
十二月二十三日。
クリスマスに向けて街中がライトアップされ、通りの木々には色鮮やかなイルミネーションが施されている。
そんな中に一つ。一切ライトの灯っていない場所があった。
周囲を木々に囲われた閉鎖的な空間。そこを照らすのは月明かりと、わずかに差し込んでくる周囲の光のみ。空気は落ち着き、不気味なまでに静まり返っている。
俺たちはそんな神社の前に立っていた。
「夜に来ると昼とはまた違った雰囲気があるな」
昨日来た時よりも更に周囲と相入れない風貌で、目の前の神社はどこか気味が悪かった。
戀と紺、そして俺の三人で厄災を止めようと決意してから数時間後。
日付が変わる頃には身を潜めて待機しておきたいとのことになり、三人で夜の街に出た。
しかし俺はともかく、この季節にコートも羽織らず全身着物で、頭から耳、腰から尻尾の生えた少女が街を徘徊していたら一大事になってしまうだろう。
玄関を出たところで、そう考えていると戀と紺の声が上の方からした。
「あんた何してんの?」
声のする方を見上げると、我が家の屋根の上に二人はいた。
「何って神社に向かうんだろ?お前達こそ、なんでそんなところにいるんだ?」
「だから神社に向かおうとしてるんじゃない」
「……はへ?」
目を点にしていると紺が手招きをする。
「屋根を伝って行くんですよ。こっちの方が速いので。それにその方が人間に見られる確率は低いですよ」
そう言いながら紺は自身の耳を指差し、尻尾を自分の体に巻きつける。
「確かにそれなら誰かに耳とかを見られずにすみそうだけど、別の意味でアウトなような……」
「なにごちゃごちゃ言ってんの?早く行くわよ!」
「俺もなのか!?ていうかまずどうやってそこまで行くんだよ?梯子があるわけじゃないし……」
「今の奏太さんなら普通に跳んで届くと思いますよ」
そんなバカな……。まさかと思いつつもダメ元で膝を折って軽く跳んでみる。
「うわっ!」
十メートルくらいまで跳躍した。そのまま落ちていき着地する。
普通なら死んでいてもおかしくない高さだ。
だが体は無事なようだった。
「ほら!できるじゃない」
「みたいだな……。よっと!」
戀達のいる屋根の上に飛び乗った。
耳と尾以外、大した変化はないと思っていたが改めて人間ではなくなったのだと実感した。というか化け物じみている。
「行くわよ!」
二人は当然のように、軽やかな足取りで屋根から屋根へと跳び移って行く。
「すげ……」
慣れた動きで跳ねて行く後ろ姿をぽかんと見つめていると、紺が振り返って手を伸ばす。
「ほら!奏太さんも早く!」
「こうなったらヤケクソだ」
覚悟を決め、隣の家の屋根に跳んだ。
「うわぁっ」
少し距離が足りなかったかと焦ったが、どうにか跳び移ることができた。
「ははっ意外と楽しいな」
驚くほど軽い体に気持ちが高揚し、屋根から屋根へ跳んで行く。
気が付くと、あっという間に二人に追いついていた。
「なかなか上手いじゃない」
「センスありますね」
二人とも驚いた表情を浮かべていた。
高い位置ゆえに街が一望でき、イルミネーションが幻想的な雰囲気を醸し出している。
「もうすぐ着くわよ」
五分と経たないうちに、神社のすぐ側までやってきていた。
遠目で見ると、光り輝く街に一箇所だけ光のない神社。
まるでそこだけ夜に覆われてしまっているようだと思った。
無事に神社の前にたどり着き、俺は現在、その奇妙さに違和感を覚えていた。
不自然なほどに静かすぎる。
恐る恐る境内に足を進めた。
本殿を月明かりが照らし、うっすらと姿を露わにしている。そして先日俺たちが戦った時の痕跡がなぜか綺麗さっぱり無くなっていた。
「あそこに隠れましょ!」
戀の指差す先には三人が潜むのに丁度良さそうな大きさの茂みがあった。俺と紺は頷いて茂みに向かう。
身を隠し、木々の隙間から神社の中央を注視する。
すると右肩に何かが当たるような感覚と共に、隣からわざとらしい小さな吐息が漏れる。
「あっ……やっ……奏太さん。そんなにくっつかれると……ドキドキしちゃいます」
茂みが思っていたよりも小さかったようで、紺とかなり密着していた。
「ちょっと!あんた、私の妹になにしてんのよ」
「なんもしてないからな?ただ肩が当たっただけだぞ」
「そんな……!奏太さんは私に触れてもなんとも思わないってことですか?」
「あ、いや……間違ってはないけどさ、それだと語弊があると……」
「あ!でも奏太さんはお姉ちゃん狙いですもんね」
「「はぁ!?」」
俺と戀の声が重なる。
「ちょっ…ちょっと紺?なに言ってんのよ、あんた」
「え?お姉ちゃんも奏太さんのことが好きなんじゃないの?」
「なんでそう思うのよっ?」
「違うの?お姉ちゃん、いつも他の人と接してる時より優しくしてるから……それにお似合いだよ?」
どんな顔をして聞いていたらいいのやら。ふと戀の顔に目をやると、
「…………」
顔を真っ赤にしていた。それはまるで図星ですと言わんばかりに。
「なっ!」
「やっぱり!お姉ちゃんは嘘が下手なんだから……」
「…………」
終いには俯いて黙り込んでしまった。
なんとも言えずそっと戀を見つめていると、
「なに見てんのよ、ばかっ!そんなんじゃないんだからね!」
「……お、おう」
どちらが姉なのか、紺が更に追い討ちをかける。
「それ、ツンデレっていうらしいよ」
「しっ……知らないわよっ。違うからねっ!」
どうして俺はこんな話を隣で聞いているのだろうか。
完全に場違いな会話をただ黙って聞いていると、突然なにやらとてつもない嫌なものの気配を感じた。
文字通り、この場の空気が一瞬にして凍りついたような感覚だった。
「……来たみたいですね」
先ほどまでの団欒とした声色とは打って変わり真剣な、落ち着いた声だった。
目で見なくてもわかるほどの忌まわしい気迫。
茂み越しでもすぐ先に存在しているのがわかるほどの規格外な力。
俺はそんな圧倒的なものを前に、心の奥底から湧き出してくる恐怖感を覚え、戀と紺の言っていた厄災が、いかに真実に近しいかを自らの肌で認識した。
強者を前に動物が怯むのと同じ様に。呪われた地に生き物が近寄らないのと同じ様に、恐ろしい者がすぐ側にいるのだと本能的に理解した。
ゴクリと息を飲み、気配を殺してそっと茂みから顔を出すと、それはいた。
「……ん?あの子か?」
明らかにサイズの合っていない古びた白装束を地面に引きずり、月明かりで幻想的に煌めく金色の髪が無造作に乱れている。表情はない。どこか儚さを感じざるを得ない雰囲気の整った顔立ち。
黒いオーラを漂わせているが、容姿だけならば厄災を起こすだなんて思えないほど幼く可愛らしい幼女だった。
「……あの子って……確か……」
どこかで見たことのあるようなその子をじっと見つめる。
「……夢で見た子だ!」
そしてようやく思い出した。
先日俺が見た夢に出てきた幼女とそっくりだったのだ。
終焉を唄う狐姉妹。 夢喰バク @Bak0526
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