隣人
天音 花香
第1話
今日、私は引っ越した。といっても近くの新築のマンションの一室を両親が買ったので、そこに移っただけなのだけれど。それでも新しい部屋はわくわくする。開梱作業も自然と進んだ。
「夏海≪なつみ≫! 夕飯は外に食べに行くわよ」
「はあ~い」
私は田辺夏海。今年高校を卒業して、来月から大学一年生になる。大学は自転車で通える距離なので一人暮らしはできないけれど、新居に移れたから満足。これからの未来に胸ときめかせていた。ただ、居心地よかった学び舎を離れ、分かり合える友達と別の進路を進むのはやっぱり寂しくもあった。そして何より。
古賀君。
私の好きだった人。もう、こっそり後姿を眺めることもないなんて。でも当分忘れることはできない。なにせマンションの隣の人の苗字が古賀だったのだ。さっぱりした感じのいい女性が挨拶に来られた。私はその表札を見るたびに古賀君を思い出すだろう。
「夏海、聞いてるの?」
「はい、今行きます~」
外で蕎麦を食べて帰ってきて、作業も一段落したところで、私はベランダに出た。植木に水をやりながら、
「新しい場所は気に入った? きっと日当たりもいいよ」
と話しかける。
すると隣のベランダからくすりと笑う声がした。
「!」
思わず自分の口を押さえる。でも黙ってるのも変だし、挨拶したほうがいいのかな。そう思っていると、
「それ、癖なの? 植物に話しかけるの」
と声がした。私は心臓が跳ねるのを感じた。この声には聞き覚えがあった。何度かしか聞いたことはなかったけれど、忘れるはずがない。この声は、古賀君の声だ。
「聞いてる?」
再び声がした。煙草の臭いが鼻をかすめる。
煙草?
「煙草吸ってるの?! 古賀君!?」
「声が大きいよ」
「ごめんなさい」
私が謝るとベランダの壁越しの古賀君はまた笑った。
「俺の苗字知ってるんだ? ……あんた、もしかして隣の部室だった人?」
「そう、です、けど……?」
なんで古賀君は私のことが分かったのだろう?
「さっき車から降りてくるのを見た。なんか見たことがある人だなと思ったら、植物に話しかけてるから……」
私は顔が赤くなるのを感じた。ベランダ越しだから見えなくてよかった。
「何回か見たことある。部室前でも植物に話しかけてるの。それで思い出した」
「そ、そう、ですか……」
恥ずかしくて消えてしまいたい。
「ま、隣になったのも何かの縁。よろしく、えっと何さん?」
「田辺です」
「じゃあ、よろしく、田辺さん」
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