第15話 開戦、大乱闘の始まりの噺

「マーニー大丈夫?」


 想定以上の魔力と瘴気。万全の準備は整えてきたつもりだが、あまりに急に増大する脅威に、装置が対応しきれなくてもおかしくはない。


「なに慌ててんのよ。見ての通り、何ともないわよ」


 竜人化はおろか、興奮もしていないマニエルは、不機嫌そうな顔でそっぽを向く。アンテは胸を撫で下ろした。


「ここは?」


「妾のテリトリーだ、ここなら少々大暴れしても問題はない」


 これから何をしようとしているのか、大体は察しが付くが、その前にまだ必要な確認事項が残っている。


「なぁ、魔女様よ」


「そろそろその呼び方はやめんか? 妾の事はセレーヌでよい」


「本当にいいのかよ。そんじゃあまぁセレーヌ」


「ふふふ、良い響きだな、しかしそれはお主らだけの特別なのだからな。他の者どもがいる時は自重して欲しい」


 嬉しそうな魔女様は、ただ場所を弁える事は忘れずに、ウイックはしたり顔で応じた。


「自信はないが覚えておこう。それでセレーヌ、俺はここに魔晶石の活性化を抑える薬の原材料を集めに来た。クレバーネの花ってのはどこで採れる?」


「全ては妾に勝ってからだ、その時にはうぬらの願い、全て叶えてやろう」


「そんで、俺等が負けたら?」


 肝心なのはそちらだ。どんな条件で闘うのかも気になるところだが、負ければ人生も終わりなどと言われたら引き下がるしかない。


「お主を貰おうウイック、うぬは妾の物となる」


 これを看過できないのが、ウイックの後ろに控えていた他メンバー。


「邪魔はさせんよ」


 魔女は右手の指をパチンと鳴らし、背後の空間を歪ませる。


「そちらの人数に合わせて、四匹のアークデーモンを召還した。安心するが良い。妾とウイックとやらの戯れを邪魔せなんだら、こやつらに手出しはさせん」


 上級悪魔であるアークデーモンを四体も同時に召還する能力は、魔王という肩書きが伊達ではなく、自称だと侮る事などできないと立証している。


「悪いなお前等、俺も周りを気にせず全力を出したいからよ。こっちは任せてくれ」


 悪魔は前衛のウイックと後衛の間に入り、魔王に背を向けて仁王立ちする。


「なんならお主等もそやつらと遊んでも良いぞ。もし物足らんようなら、いくらでも出してやろう」


 セレーヌはウイックとの一騎打ちを望んでいる。ミル達が割って入らないように用意した手勢は、その気になれば国を破滅させられる戦力がある。


 何が何でも参戦を妨害するつもりのようだ。


「ミルさん何してるの? こんなやつら何匹いようと、黙って観てるつもりじゃあないんでしょ」


 マニエルは上腕のアームバンドを外し、すでに竜人化している。


「ちょっとマニエル貴方、それって」


 翼とかぎ爪はバンセイアの町でも見たが、頭の角、歯は牙となり、目も爬虫類のような眼球に変わっている。


「瘴気の濃度が違うからね。より竜人に近寄ったって事だね。その分戦闘能力も高くなっているみたいだけど、どう、意識はちゃんとしてる?」


「うっさい! 私はどんな格好になっても私! ウイックにちょっかい出す奴は間違えたりしない」


 冷静なアンテの分析に、苛立つマニエルは興奮状態ではあるが、理性は保っている。


 イシュリーもマスクを取り出し、アンテもサイドアームを展開している。


「そうよね。なるべく早くこいつら片付けて、ウイックの手助けに回るわよ」


 ストレージから取り出したのはバスタードソード。マーリアから新しく貰ったばかりの二本の剣を構える。


「お主、よほど慕われておるのだな。ではこういうのはどうだ? 一騎当千という言葉もあるし、あやつらが百のアークデーモンを打倒できたなら、妾への挑戦を認めよう」


「百匹はやりすぎだろう。で、そいつが片づくまで俺達は待ち惚けるのか?」


「そんなつまらん事をする訳がないだろ。あちらとこちら、どちらが先に決着をつけるかも勝負の一つであるぞ」


 勝手に決められたルールの下、続々現れる悪魔に完全に囲まれてしまうミル達四人。

 皆は戦意を奪われることなく、早速行動を開始、瞬時に四体のデーモンを屠った。


「なかなかにやりおる。さてこちらも始めようぞ。お主の力、見定めてくれよう」


 マントを外し、露出度を増し、防御力はさておき、動きやすさは申し分なし。


「体術が得意だとか?」


「魔王だからな。どんな戦い方でも退屈はさせんぞ。だからお主も全力で妾を楽しませるのだぞ」


「いいぜ。その欲求を俺が満たしてやるよ」


 先手はウイック。いや、セレーヌは攻める気がない。様子見などはしない、一気に畳み掛けるシミュレーションを、秘術士は脳内で完了させる。


「先ずはどれだけの防御力があるのか見せてもらう、“炎獄えんごくの秘術”からだ」


 セレーヌを炎の渦が襲いかかり、周囲を取り囲むと球状にまとまり、深紅の牢獄に変化する。


 中は鉄をも溶かす高熱、イシュリーに仕掛けた時の数千倍の業火で責め苦を与える。


「火傷くらいはしてくれるといいんだがな」


 暫くして炎獄を解くと間髪入れずに、“水柱すいちゅうの秘術”で文字通りの水柱に飲み込み、“氷塊ひょうかいの秘術”を施行し、水柱は瞬時に氷柱へと変化する。


「初手の最後だ。くらいやがれ“雷鳴らいめいの秘術”を」


 業火で熱して、氷塊で冷やし、雷撃で衝撃を与える。


 いかな物質も破壊する三連撃は果たして、魔女セレーヌを傷つける事はできなかった。


「おお、やるではないか。今の攻撃はよかったぞ。いきなり魔力障壁の二割近くを削られてしまうとは驚きだ。だがここは魔界なのだぞ。いくら障壁を削られても直ぐに魔力は回復する。もっと頑張らんといかんぞ」


 流石だと言うべきなのだろうか? もちろん侮っていたわけではない。しかしまさかの無傷とは、ウイックの頬を冷たい汗が流れる。


「まさにバケモノだな」


 それでも攻め続けるしかない。ウイックは次の行動に移った。

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