第37話 栄誉を称える酒池肉林の噺

 三日三晩を寝て過ごし、四日目の朝は普通に目を覚まし、ウイックはダメージを感じさせない普通の様子で朝食を要求した。


 食事ができるまでの間、泣きやまないイシュリーを宥めるのには骨が折れた。


 随分と心配を掛けたようで、ミルからも強めのデコピンを貰い、この日は一日ノンビリ過ごす事を約束した。


「温泉かぁ~」


 国を、いやこの世界をドラゴンの驚異から巣くった英雄として、ウイックには特別待遇として市民権が与えられた。


「男の姿のままで居られるのは助かるよ。術を使うのはいいんだが、女の振りってのは結構気を遣うもんだからな」


 疲れを癒すなら様々な効能のある保養地にと、招待を受け、ウイックは大いに喜んだ。


「あれだろ? この間の洞窟探査の前に、ミル達が立ち寄った温泉地だろ?」


 それなら既に場所を確認しているから秘術で移動可能だが。


「今回はノンビリするのが目的であろう。少し不便ではあろうが、馬車を用意してあるから、それに乗っていくがいい」


 そう勧めてくれるティーファ女王も、付き添ってはくれない。本人は来たがっていたようだが……。


 残念な事にミルとイシュリーは朝食後、ドラゴンの死骸を調査に行くという藍玉騎士団に同行していていない。後から合流する予定ではあるそうだ。


 ウイックの世話係には、紅玉騎士団が護衛も兼ねて付いて来てくれるという。


「……紅玉騎士団ってのは、40人近くも団員がいるってのか?」


 イシュリーから聞いていたのは、13人の精霊術士で構成された騎士団だったはずだが。


「えっと、ここには我々紅玉の他に紫玉と黄玉もおります。うちを含めて皆が精霊術士でして、ここ数日ずっと、近衛騎士団が楽しそうに語る貴方の事に、みんな興味心身なんですよ」


 紅玉騎士団長は馬車の中、ウイックの隣に座り、談話の相手を務めている。


「しかし見るからに学問所の遠足みたいだな」


 学問所、大海洋界の帝国や王国で幼児が読み書き、術式や剣術などを学ぶ場。ここ精霊界にも同じような場所があるのだという。


「やはりそう見えますよね」


 この世界の人間の身体的成長は、内包する精霊力で決まる。国家騎士にもなる精霊術士ともなると、実年齢と発育にも大きな差が出てしまうのだ。


「なるほどな、全員が精霊の加護を受けやすいと言うわけだ」


 同行する38人は、平均すれば見た目年齢12歳。もちろん実際はそんな事はなく、全ての者が20歳を超えている。


「学問所には通った事がないからな。こういうのも悪くはないか」


 まるで引率の先生のような光景になっているが、面倒な手間は騎士団がやってくれるので、有り難くのんびりさせてもらえた。


 宿に着くと早速温泉を頂くべく、着替えを用意して貰った。


「おお、露天風呂かぁ、絶景だな」


 温泉はもちろんの事ながら男湯などはなく、一応賓客扱いのウイックは専用の時間帯を設けて貰っている。はずなのだが……。


「なんでみんなで入ってるんだ? この宿には他に大浴場があるはずだよな」

「護衛は各騎士団長と副団長だけのはずだったのですが……」


 折角の露天風呂なのだが、眺望を楽しむ余裕もない。何とも狭苦しい状態だ。


「この広さに39人が入るのは無理があるだろう」


「すみません。術士としての興味もさることながら、男性に対する好奇心はそれ以上でして、お邪魔、ですよね」


「……まぁ、いいけど」


 引き続き側に仕えてくれている紅玉騎士団長、そして紫玉騎士団長、黄玉騎士団長の3人に囲まれ、その奥には騎士団員達が所狭しと湯船にも洗い場にも女児の群れ。


「私は今年で26歳になりますよ」


 と言う紅玉騎士団長ですら見た目は15歳。ウイックと同い年くらいにしか見えない。


 そのくらいの年齢なら目の保養には十分だが、周りが全てこちらに注目する中、欲望を解放しようにも、気分が乗るはずもない。


「術士様、お願いがございます」


 ぐいっと、前のめりに来る騎士団長は立ち上がり、柔肌を湯船から露出する。


「近衛騎士団長があの行為に大変な思慕を寄せているようであると、陛下から聞かされまして、できれば同じ事をして頂きたいのです」


 騎士団長達は皆それなりに成育も申し分ないが、なんとも大胆な発言である。


 男のいないこの世界では、そこに恥じらいを覚えるなんてことも無いのかもしれない。


「今は温泉を満喫したい。……この後は宴なんだろう? その時なら考えてもいいぜ」


 この一言は、あっと言う間に全員に拡がった。


 とは言え、幼女相手には流石に……。


「心配はございません。我々は体内の精霊を放出する術を知っております。それなりに消耗するので普段は行いませんが、年相応の成育をお見せできますよ」


 それなら断る理由はどこにもないとしても、よもや宴は朝まで続けられる事となった。


 明くる早朝に合流してきたミル達は、酒池肉林を目の当たりにする。


「ウイックさん非道いです。なぜ私がいないところでこんな、こんな……、こんな楽しげな」


 イシュリーは騎士団員達のように、自分も衣服をはだけさせて参加しようとする。


 しかし非常識な宴は、ミルの短剣がウイックの額に一突きされたことで終わりを告げた。

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