七 見てはいけない
七
No.001 太歳(タイソエイ)
見た目は二十歳前後の男の上半身で、肌は茶色です。身長九十三センチ、体重五十六.五キログラムです。
服は着ておらず、下半身は存在しません。頭部の情報は一切不明です。
二〇一四年の事件時、同島の山中で発見されました。確保に向かった隊員が百二十八名昏睡し、その後全員の死亡が確認されました。
盾をもった十八名の隊員が黒いビニール製の袋を被せ回収することに成功しました。その後収容所にて確保中です。
運動能力・知能は並みの人間かそれ以上程度です。多数の銃弾を受けていましたが、一日足らずで全快する再生能力があります。
No.001は窓のない部屋に拘置されています。食事を必要とせず、睡眠は一日に二時間満たない程度を取るようです。
No.001の顔を見たものはたちまち昏睡し、三ヵ月から一年のうちに必ず死亡しています。
昏睡からの回復手段は現時点で見つかっておらず、死因は一律心不全です。
No.001の顔を見ない限りは発症せず、顔を見なければ会話することもできますが、敵対的であり概ね会話は成立しません。
なお、ガラスやマジックミラー越し、映像や写真で顔を見た場合においても同様の症状を発症します。
レーザー光線などで顔をキャプチャし、グラフィックスの作成を試みた場合においても症状を発症しました。
「顔」の範囲とは、顎先から頭頂部までであり、この範囲内のほんの一部を見ただけで症状を発症します。
首までであれば症状は発症しません。
また、鏡でNo.001自身の姿を見えるようにしてもNo.001自身には影響はないようです。
※注釈 No.001が鏡で自身を見ているかは確認がとれないため、確実な情報ではありません。
現在なお、顔一つで人を昏倒し心不全にさせる仕組みは解明されていません。
写真を撮ったり映像を残すことは可能ではありますが、撮影の類は固く禁じられています。
上記性質のため、監視カメラなどは設置できず、監視員を置くこともできません。
監視は動体検知やレーダーのみで行われています。
人間だけでなく動物についても同様の症状を引き起こしますが、眼球及び心臓がない生物や植物には影響がありません。
また、脳死状態の目が開いている患者にNo.001を見せても影響は見られませんでした。
目があっても例えば貝類のように光を感じる程度の視力しかもたないものについては影響を受けません。
No.001の顔写真をネットに載せるだけで大量に人類が死亡することが想定されます。絶対に外部に露出してはいけません。
中国においては太歳の肉を食べると不老不死になるという伝説があるようですがラットによる臨床試験においては、No.001の血液・肉体の破片摂取における身体的変化は見られていません。
読み終えた俺の背中には冷たい汗が流れている。鳥肌も立っていた。
「顔を見たら死ぬだって? どういうホラーだ。危険極まりない。さっさと処分するべきだろう」
「そうね。兄を殺ったのはこいつらしいわ。たとえ支配しても、顔を見てしまったら死ぬのね」
俺はそこでなんとなく話の続きが見えた。
「毒をもって毒を制すか。その十三体の中に、
古城戸は強く頷く。
「察しが良くて助かるわ。ただ、
「なるほどね。俺は残りの十二体を知らないから、チョイスは任せるよ。コントロールは効くんだろうな?」
古城戸は、うっと詰まる。
「私の所有物のはずだからなんでも言うことを聞く、というわけじゃなさそうかな……でもやるしかないわ」
「急に不安になってきた。一応、チョイスした魔物の情報は後で教えてくれよ」
わかった、と一言だけ残し、古城戸は立ち上がってドアのノブに手をかけた。
そこで俺は一つ忘れていたことに気づく。
「よくこんな魔物を夢で見たな?」
古城戸は首を横に振る。
「少なくとも私の夢じゃない。誰がこんな危険な魔物の夢を見るのか想像もつかない」
魔物の夢を見ないと当然所有することもできない。つまり誰かがその夢を見る必要がある。とても人間が見る夢とは思えなかった。
そして、もう一つ確認したいことがある。
「あぁすまん、もう一つ。古城戸を覚醒させた男っていうのは?」
古城戸はドアを持つ手を放してこちらを向いた。指摘されて気づいたようだ。
「名前は知らないの。会ったのもその一回だけだし」
俺は念を入れて確認しておく。
「女ではなく、男だったのか?」
「ええ、そうよ。知っているの?」
「いや、ならいいんだ」
そうして古城戸は部屋を出て行った。古城戸の古傷を聞いて、一つの可能性に思考を巡らせる。まさかな。だが、考えれば考えるほど可能性は高まる。
またある日、古城戸と研究所に行き、事務所に戻って来たあとのことだ。古城戸が三枚の紙を渡してきた。
「十三体のうち三体の情報」
「あぁ? 小出しにしないで全部見せてくれればいいのに」
「なかなか政府が開示してくれなくて、私も断片的にしか知らないのよ」
俺は愚痴を言いながらもまずは一枚目の紙に目を落とす。
No.002 無支祁(ムシキ)
No.002は巨大な猿の姿をしています。毛並みは白と茶で、顔と腹が白く、そのほかは茶色です。尾はありません。
体長は三.二メートル、体重は二百八十キログラムです。
No.002が人を殺した事実は確認されていません。
No.002の特徴として、人語を話すということです。これまでに話した言語は、英語、ロシア語、フランス語、イタリア語、スペイン語、中国語、韓国語、日本語、スワヒリ語など十八ヵ国語に及びます。
No.002と対面すると二分間、No.002は相手を見つめます。このとき、特に相手の体調に不調はありません。
二分が経過すると、No.002は「死に場所と死に様」らしきものを話だします。
これが必ず相手の死に場所・死に様と一致するのか、現在検証が進められていますが、これまでの八名については完全に一致しています。
No.002とは会話は成立せず、一方的に死に場所と死に様を告げるのみです。
No.002に告げられた死に場所・死に様は回避することが可能です。
二人以上の人数が同時にNo.002と対面した場合は、No.002は誰も見つめず、話すこともありません。このとき、ビデオ・スピーカーなどで遠隔から第三者が聞いていても話し出すことはありません。
また、見つめられる二分間の間に対面をやめても問題はありません。
テレビ画面や写真などをNo.002に見せても話し出すことはありません。
予定されていた死に場所や死に様が変わった場合、再度No.002と対面するとNo.002は新たな死に場所と死に様を告げます。
No.002の予言を聞いて回避する度、自身の寿命が五年縮まるのではないかとの見解がありますが、本件の真偽を確認することは実質不可能です。
読み終えた俺は額に変な汗をかいていた。
「予言か。こいつ自身は脅威ではないんだな」
古城戸は思い出すかのように上を向いている。
「
「こいつは暴れないんだろう? ずいぶん伝説とは異なるな」
「そうね。餌さえ与えておけば、とてもいい子だそうよ」
「死に場所、死に様ががわかるのは便利じゃないのか?」
古城戸は少し考えるそぶりを見せる。
「私はそんなの知りたくないけどね。
希望を奪う。なるほど、予言というのはある意味希望を断つものなのかもしれない。
「死に様と死に場所はわかっても、『いつ』かはわからないのか」
「そうね。それが余計不安にさせるのね」
毎日行くような場所が指定されたら、今日か明日かと不安になるのは想像できる。そうなれば当然そこを避けるように行動するのが普通だ。
「予言を回避すると寿命が五年縮まるとあるが、実際寿命が縮まっているかは誰にもわからないな」
「私は
その声には微かに怒気が感じられた。
「好意ではなく、悪意があるのか」
俺は得体の知れない恐怖を抱いた。命を喰うための条件が、予言を回避させること。
「悪意というか……単なる食事くらいのつもりじゃないかしら」
人の命を餌としか見ていない。予言を与えれば命という餌を差し出す存在が人間ということか。
「胸糞悪い。即始末するべきだ」
こいつは盤古相手には使えそうにない。予言を聞いたところで、「夢で盤古に殺される」という予言がされるだけな気がする。それに予言を聞かなければ実害はないのだから、自分が会わなければいいだけだ。
続いて二枚目の紙を読む。
No.003 虚王(キョオウ)
No.003は身長二十五センチメートルの小人の姿をしています。
背中に天使のような白い羽を持ち、宙に浮いたり自由に飛び回ることができます。
No.003は食事は必要とせず、睡眠も取りません。
No.003は一年に一度、「望みはないか?」と日本語で話します。
その状態のNo.003に願いを伝えるとほぼどんな願いも叶います。
これまでの九回の検証によると、叶わないのは、No.003に関すること及び未来に関することだけです。
願いが叶うには願いの大小に関係なく、一年必要とされます。
願いが叶わない場合も、一年後に回答があります。
また、叶えられる願いは、一人一回だけです。
これまで、No.003が叶える願いのデメリットや代償については見つかっていません。
しかし、なんのリスクもなく願いが叶うと思って使用するのは危険です。
人類全体が、No.003を巡っての戦争に発展する可能性があります。くれぐれも情報を漏洩しないでください。
二〇一四年.不明(古城戸延行により使用)
一年後:願いは叶えた。(何が叶ったかは不明)
二〇一五年.金のインゴット十本をくれるかな?
一年後:願いは叶えた。
No.003の前に10Kgの金のインゴットが十本あることを確認。
インゴットには刻印無し。
その後の調査でインゴットの成分は間違いなく純金であることを確認。
物理的な物の入手が可能であることを確認しました。
二〇一六年.君が願いを叶える代償があれば教えてほしい
一年後:君の願いはすでに叶えた。
願いは一人一つのみ叶えられることがわかりました。
次回は別の研究員が願いを伝えます。
二〇一七年.癌の特効薬をくれるかな?
一年後:願いは叶えた。
No.003の前に、二百ミリリットルの瓶に透明な溶液が入ったものがあることを確認。
その後、胃がん患者に五ミリリットル静注にて投与したところ、翌日全快していることを確認。
人類にとって未知のものでも入手が可能であることが確認できました。
二〇一八年.来年の日本ダービーの結果を教えてくれるかな?
一年後:その願いは叶えられない。(何も得られず)
未来の出来事はNo.003でも確認できませんでした。
二〇一九年.君の願いのデメリットを無くしてほしい
一年後:その願いは叶えられない。(何も得られず)
No.003自体についての願いが叶わない可能性があります。
が、引き続き切り分けを行いたいと思います。
二〇二〇年.君の願いを叶えてくれる速度を一日にしてほしい
一年後:その願いは叶えられない。(何も得られず)
No.003自体についての願いが叶わない可能性があります。
が、引き続き切り分けを行いたいと思います。
二〇二一年.君の願いを叶えてくれる範囲を教えてほしい
一年後:その願いは叶えられない。(何も得られず)
No.003自体についての願いが叶わないことがわかりました。
二〇二二年.この人を蘇生してほしい
一年後:願いは叶えた。
No.003の前に、交通事故で死亡した三十一歳男性の死体を提示。
保存していた死体が完全再生され、蘇生した。健康状態もよく記憶障害等もみられません。
二〇一七年の結果と合わせて、肉体的な願いは叶うものと思われます。
不老不死や若返りも可能であると予測されます。
二〇二三年.データ抹消
一年後:回答待ち
二〇二四年.未実施
俺は驚愕を隠せない。
ファンタジーものの小説や漫画で、なんでも願いが叶う球や聖杯があったりするせいで最近ありがたみが薄れていたが、自分の身近にあるとなると胸が高鳴る。
だが、俺が叶えたい願いとはなんだろうか? 金? 女? 地位? 世界平和? 不老不死? 少し考えてみたが、よくわからなかった。ついでに古城戸兄の名前は延行というのか。
「どんな願いも叶うだって?」
古城戸は首を傾げる。
「これまで九回しか検証できていないし、そのうち五回は空振りだから何とも言えないところもあるけど」
俺はもう一度紙に目を落とす。
「この、No.003……
「えぇ。デメリットや叶えられる範囲を調べてわかったようね。デメリットがわかれば、かなり有用な魔物なんだけど」
「デメリットがわかならいのは怖すぎるな。どんなリスクがあるかわからんぞ」
どんな願いでも叶うのだとしたら、どんなリスクがあってもおかしくないということだ。
「そうね。でも今のところは何もないし、研究員はもう少し検証したいそうよ」
「色々気になることはあるな。まずは古城戸の兄貴が何を願ったか虚王に聞くのがいいかもな」
「それはそれで知りたいけど、最優先の願いを考えないとね。なにせ一年かかるわけだから」
「願いは誰が決めてるんだ?」
「政府に任せていて、毎年決まった日に願いを伝えることになってる。でも私たちが割り込むことはできると思うわ」
「無駄遣いしてほしくないものだな」
「政府連中の中には、大金と引き換えに個人の若返りや精力増進に使いたいと申し出る人もいるようね」
「そういう連中に情報を開示するなと言いたい」
「そういう連中に限ってトップに近い地位にいたりするものよ」
古城戸の声には失望の色が混ざる。
「最後の年の、データ抹消ってどういうことだ? まさか?」
「そのまさかよ。政府が記録を消したのよ。まったく、何を願ったのやら」
古城戸はため息をついた。どうせろくでもないことだろう。古城戸もそう思っているようだ。
「まだその程度で済んでるとはいえ、いつ破綻するかわからないな」
俺は
「そうね。なんでも願いが叶う誘惑は人を狂わせるわね」
古城戸は意味深な台詞とともに窓の外をみた。自分と兄のことを重ねたのだろうか。
古城戸はこれまでの十年間に、
「こんなものがいてはならない。即始末するべきだ」
古城戸は指を顎に当てて首を傾げる。
「こいつに
「それで消せるとしても一年後だぞ? 待ってる間に俺たちが死ぬよ」
古城戸は俯く。
「そうよねぇ。やっぱ正面からやりあう系のを探すしかないか」
やはり、一年目の古城戸延行の願いが気になる。
続いて三枚目だ。謎の疲労感に包まれながら読む。
No.005 盧亀(ロウソウ)
No.005はNo.013と同じ空間に放逐されています。
見た目は全長三十センチほどのリクガメで、運動能力もリクガメのものと同等です。
ただし、No.005は壁を透過して歩行することができるため、閉じ込めておくことができません。確保しておく方法は多く検討されましたが、現在のところ最も安全とされる確保方法としてNo.013と同じ部屋に入れておく形態が採用されています。
このリクガメは、憑依能力を持っていて、人間に憑依することができます。
No.005が憑依するには、憑依対象がNo.005の目前にいる必要があります。
このとき、他の人間が見ていると憑依はすることはありません。監視カメラなどで見ていても憑依することはありません。
認識距離は最大二十五メートルです。
憑依中はNo.005の本体は殻に閉じこもる状態となり、この状態の場合は熱湯につけようがマイナス二十度に冷やそうが反応しません。
No.005の憑依は誰かに正体が見破られるまで継続します。
見破られるとNo.005の憑依は解除され、元に戻ります。
戻った対象者は、憑依中の記憶はありません。
憑依中でも元の人格を極めて正確に模倣し、記憶も対象の記憶を共有します。
そのため、一度憑依すると看破することは極めて困難です。
また、憑依中のNo.005は自分の正体を認識しておらず、完全に憑依対象になりきっています。
記憶面については、憑依直前までの記憶が自動的に共有されます。
その後の実験により、No.005は、憑依対象の無意識下による行動、いわゆる癖については模倣できないことがわかりました。
正体が見破られたかの判定は、憑依したNo.005をみた人間の脳波が関連しているものと思われます。No.005の憑依に気づいていない状態、疑念を抱いている状態、偽物と確認している状態ではそれぞれ脳波の状態が異なり、No.005はそれをキャッチしているものと推測されています。脳波による判定が前提となりますが、No.005の脳波検知範囲は二十七メートルです。
憑依したNo.005は最大十日、二百四十時間以内に必ず自殺します。
自殺が完了するとNo.005は殻から姿を現し、元のように活動します。
この亀がNo.013の部屋から出る場合は必ず三人以上が同時に目を離さなず監視してください。
二人の場合、かならず瞬き前にその旨を伝えてください。
僅かな隙も見せてはいけません。
俺は一つ大きく息を吐く。呼吸するのを忘れていたようだ。俺は紙を手の甲で叩く。
「一度憑依されたら、周りの誰かが気付かないといけないのか」
「そうね。でも見破るのは至難の業らしいわ」
俺はもう一度資料を上から目で追っていく。
「壁を透過するから閉じ込めておくこともできないのはやっかいだな。No.013ってなんだ?」
「No.013は特別危険な魔物で、部屋を真っ暗闇にしてしまうのよ。だからNo.005は何も見えなくなるの」
「真っ暗になるだけなら危険でもなさそうだが。そんなことでいいなら、No.005に目隠しでも付けたらどうだ?」
「もちろん真っ先に目隠しをつけたらしいけど、透過して落ちちゃうみたいね」
こいつを確保しておくいい方法というものが思い浮かばない。No.013の闇というものがよくわからないが、それが一番安全と判断されたということか。
俺は紙を一度叩く。
「でもこれもダメだな」
「
「おいおい、初歩的な事を忘れているな。爬虫類が夢を見るのか?」
夢というのは哺乳類と鳥類しか見ない。だからこのリクガメを夢に連れていくことはできない。古城戸が最初に夢で入手したときは、「因果」として夢にいたのだ。
「あっそうか。夢に入れないと意味がないんだった……」
俺は資料を古城戸に返す。心なしか、古城戸はいつもよりしおらしく項垂れていた。
「ああ、ナンバーが一つ飛んでいるようだが」
古城戸は紙を三枚見る。
「No.004は、イリナちゃんのことかな」
「イリナちゃん?」
「夢魔よ。男性は見たらダメなの」
「夢魔? サキュバスのことか? 精気を吸うとかいう」
「イリナちゃんは吸わないからただの言い伝えかもね。資料がもらえたら見せるわ」
「ああ」
俺は適当な返事をし、それで会話は終わった。だが、謎は色々と残る。古城戸の兄が
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