fragment:32 手紙

 きみへ。ちゃんと約束は守ってくれたかな? 船が出たら読んでほしい、と伝えたはずだけど。

 どうかきみが、この手紙を正しいときに読んでくれていることを願う。


 船は多分、定刻通りに出発したと思う。なんせ大事な船だ。この国に最後に残った人たちを乗せて、安全な場所へ向かうための最終便だから。


 私は、その船に乗れない。


 乗船チケットが届いたときのことを覚えている?

 白地に青い縁取りの、上等な紙でできた封筒が二通、私たちの家に届いたね。

 きみはさっそく封筒を開けて、宝物みたいにチケットを眺めていた。あの子供のような顔を今も覚えているよ。

 私はきみが眠ったあと、一人で封筒を開いた。

 でもね、中身は、空っぽだったんだ。

 ひどい話だよね。

 あのチケットを届けるのだって、税金使ってるんだぜ?それで運んだのが空っぽの封筒なんて。紙がもったいないし、これじゃ郵便屋さんだってただ働き同然だ。


 怒るところが違うって、きみは怒るだろうな。

 でもいいんだ。私はもう、納得している。

 どうして、なんて訊かないでよ。私だってわからない。というか正直なところ、なんでチケットが届かなかったのかなんて、今さら知ろうとも思わないんだ。

 行政上の手違いだとしても、巧妙な手口の盗難だとしても、興味がない。繰り返しになるけれど、私はもう既にこの結末に納得している。


 私は選ばれなかったから、という理由で。


 おそらく私は今、桟橋にいる。きみの乗る大きな船が、水平線へ向かって進むのを見ている。

 桟橋、というか港が崩れるのが先か、私が倒れるのが先かわからないけれど、とにかく可能な限り船を見送るよ。

 この星はもうどこを見ても最悪だけど、きみが生きられる場所があるなら、それだけで天国と呼んで差し支えないと思う。辿り着いた先にきみの幸福があることだけを祈っている。

 私が大切にしていたものは、他者にとってはゴミ以下の価値しかなかった。おそらくは、きみにとっても。

 恨み言ではない。これはただの事実だ。

 だから私はここで、私自身の価値観とともに消えていこうと思う。

 できれば、きみの乗る船が水平線に消えて、夜が来る頃に。


 さようならの代わりに、愛していると言うよ。

 どうか健やかで。きみが上手に眠れますように。

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断片集 此瀬 朔真 @konosesakuma

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