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 それは雲一つない、からりと晴れたある日の午後。私たちは森の中で薪を集めていた。


 薪はこの世界において貴重な燃料源である。薪ストーブはもちろん、風呂や料理にも使用する。


 よそのお宅はどうか知らないが、我が家には電気やガスがないため、夜の灯りはもっぱら蝋燭やランプ、薪ストーブなどの光源で賄っていた。柔らかな光がまったりとした雰囲気を醸し出し、揺らめく炎の存在にも味があったが、スイッチひとつで部屋中を照らせる環境は非常に便利であったことを思い知らされる。


 先ほどから一向に薪を集める気配を見せず丸太に座ったままの彼女は、これみよがしにため息をついている。どうも薪拾いは好みではないらしい。


「はぁ。お散歩に出かけたい。あたし、まき拾いって大きらいよ! 面倒だし、つまらないし、これを拾う間にどれだけ素敵な体験ができることでしょう。森の中を自由に歩き回りたいわ」


「今だって自由気ままにサボり倒してんじゃないの」


「そんなことないもん!」


 彼女は使えそうにもない枝切れをひょいと拾い上げると、「春までは遠くに行けないし、ほら、まきを持つと両手が使えないでしょ?」と言って枝を持った手をこちらに向ける。


「きれいなお花を見つけても触ることができないし、こんな不自由なことってないわ。もう、絶望的よ!」


 枝切れを思い切り地面に投げ捨てた彼女は、絶望を全身で表現するように両手を大きく広げている。多感な少女はちょっとしたことでも一喜一憂するから、見ていて飽きない。


「はいはい。早く終わらせて岩場にでも行こうか」


「たまにそげが刺さって抜けない時があるの。……最低だわ。まき拾いなんて、この世からなくなればいいのに」


 割るのはあんなに好きなくせに。と私は思いつつ、「確かに、もう少し便利な燃料があれば良いのにねぇ」と状態の良さそうな木材を検分しながら言った。「お、これ良い」


「ネンリョウ? それが見つかったら、どんな風になるのかしら?」


「そりゃ科学が進歩すれば、ガスとか電気とかを使って部屋は手軽に明るくなるし、あと水力発電とか、原子力とかも。あっ……」


 近頃は彼女の混乱を避けるため、この世界にない物の話はタブーにしていたのだった。そのことをすっかり忘れてぺらぺらと。


「――って言うのが、本に書いてあった」と私は付け足し、その場を誤魔化した。


 未知なる名称の連続にべにばらは呆けた顔を浮かべながらこちらを見上げていたが、丸太から飛び跳ねると素早く私の元に近づき、「本の読みすぎ!」とわざわざ耳元で叫んだ。


「やっぱり、しらゆきは物知りよねぇ」と漏らすように呟いて空を見上げた彼女の横顔は、ベッドで眠り続ける姉を見つめていた母のように、どこか憂いを帯びていた。


「そんなことないよ。あなたの方が何でも出来るし」


 例えば薪割りとか、料理とか、おねだりとか。この世界の彼女は現実の姉と同じように何でも卒なくこなしてしまう。


 先日もこの付近の森を知り尽くした彼女に良い昼寝場所を教えてもらったが、そこでは予期せぬ来客者であるノロジカと共に寝そべり、鳥たちとは歌を歌い合っていた。何とも恐れ知らずの子供か。


「ううん。あたしはしらゆきが羨ましいの」


 俯いた彼女は、転がった木材を足の先で触りながら、「あたしはね、いつも気持ちがふわふわしているし、すぐにあちこち気になっちゃうし、落ち着いて考えたりもできないし、文字だって難しいのは読めないもん」と言った。


「しらゆきはあんまり本を読みすぎちゃ、ダメなんだからね!」


「どうして?」


 確かに私は本ばかり読んでいるが、それ以外に没頭できることがないだけだった。彼女のように裁縫をしたり、踊ったりと、多趣味ではない。


「そ、それは……。だって……」


 唐突に言葉を詰まらせたべにばらは、後ろ手に組むと身体をもじもじさせながら、「しらゆきが一人で本を読みすぎると、あたしより先に大人になっちゃうし。そしたらあたしは必要がなくなっちゃうのかもって……。もうっ! とにかくダメなの! 早くまき集めて遊びに行こ」と言い放つと、彼女はせっせと薪拾いを始めた。

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