第53話 止まったままの心の時計
「ねーねー。大谷くん、相変わらずカッコよかった?」
「あー。うん。あごヒゲとか生えてて、ちょっとワイルドなカンジになってたけど。なかなかいい男だったよ。相変わらず」
「えー。いいなぁー!ワイルド大谷くん、見てみたい!あたしも会いたかったー」
「なに言ってんだよ、有理絵。タカシが泣くぞ」
タカシーーー。
そう、ズバリ有理絵の彼氏。
2人がつき合い出してから、もう1年くらい経つかなー。
タカシはさ、元々卓の大学の友達だったんだ。
で、みんなでワイワイ遊んだりしてるうちに、有理絵とタカシがすごく気が合って仲良くなって。
つき合う前から、特別仲のよかった有理絵とタカシはもうみんなの公認の仲で、彼氏と彼女になったのも、すごく自然な流れだったよ。
タカシもホントいいヤツなんだぁ。
優しくて、しっかりしてて、同い年なのになんだか頼りがいのあるお兄ちゃんってカンジなんだよねー。
有理絵もしっかり者で面倒見のいいタイプなんだけど、そんな有理絵をふわっと包み込んじゃう包容力っていうか、頼もしさっていうか。
すごくいいバランスで、ホントにお似合いの2人なんだ。
2人はつき合い出したけど、相変わらずみんなで仲良く集まってるよ。
有理絵とタカシとあたしの3人で遊んだり、ご飯食べたりとかもよくするんだぜ。
タカシの仕事も教師。
卓と同じく高校の先生やってるよ。
科目は社会。
タカシの家は実家で、有理絵んちからはちょっと離れたところに住んでるんだ。
あたしね、密かに思ってるんだ。
有理絵とタカシがこのままうまくいって。
いつか結婚してくれたらいいなぁって。
この2人を見てると、なんかほんわり幸せな気分になるんだよなぁ。
有理絵の花嫁姿、キレイだろうなぁ。
ふふふ。
「ひかる?なにニヤニヤしてんのよ」
「いや。今、なんかふと有理絵とタカシの幸せな未来を想像してたんだよ。有理絵、タカシとこれからもラブラブでいろよな。あたしも応援してるから」
ポンポン。
有理絵の肩を叩いた。
「なによ、いきなりー。まぁ、ありがとう。でもさ、ひかる」
有理絵が、持っていたスプーンを静かに置いた。
「あたしは、ひかるにも幸せになってもらいたいな」
「え?」
「幸せな恋をしてもらいたい」
有理絵……。
有理絵の言葉が胸に沁みて。
あたしの心の中で、ふ……っと桜庭の笑顔が蘇った。
「ひかる……」
有理絵がそっとあたしの目を見る。
「まだ、桜庭のことが好きなの……ーー?」
ドキン。
有理絵の質問に、あたしの胸が小さく鳴った。
「……自分でも、どうしてかわかんないんだけど。7年も経つのにって思うんだけど。どうしても忘れられないんだよ。桜庭のことが……」
あたしも静かにスプーンを置いた。
「……桜庭が長野に行ってしまって。その後も、結局なんの連絡もなくて。電話番号も、いつの間にか変わっててーーー。フツウなら、その時点で自然消滅みたいなカンジで、〝終わった〟って思って諦めるのかもしれないけど。なんでかわかんないんだけど、アイツは、ずっとあたしの中にいるんだよ。あの頃の桜庭のままで……」
「……うん」
有理絵が静かにうなずく。
「いつかまた会えるとか、そういうことを思ってるわけじゃないの。だけど……。だけど、どうしても忘れられないんだよ。きっと、なにか連絡できない理由があったんだって。そんな気がして……」
「ーーーひかる、ホントに桜庭のことが好きだったもんね。桜庭も、ひかるのことすごい好きだったし。最高のカップルだったよ」
有理絵が、ちょっと懐かしそうにほほ笑んだ。
「でもさ、ひかる。これからも、桜庭との想い出だけで生きていくつもり?」
「え……?」
有理絵は、あたしを真っ直ぐ見つめながら優しく言った。
「確かに、あんな風に連絡が取れないまま音信不通になってしまったら……。誰だって、ひかると同じようにずっと気になったまま忘れられないかもしれない。だけど。どこかで踏ん切りつけて、新しい恋をすることも大切だと思うよ」
新しい、恋ーーーーー。
前にも何度か、有理絵達がそう言ってくれたよね。
そろそろ新しい恋をしてもいい頃なんじゃないか、って。
だけど、だけどね……ーーー。
「桜庭のこと、無理に忘れろなんて言わないよ。ずっと覚えてていいと思う。ただね、それはあくまでも〝想い出の中の人〟としてーーーだと思うの。恋愛のことに関してだけ、ひかるは7年前のままで、そこからずっと時間が止まっちゃってるんだよ。
心が……ずっと止まったまんまになってるの。
ひかるの心には、やっぱりまだ桜庭がいて、誰の気持ちも受け入れる隙がないってカンジになっちゃってる気がする」
有理絵の言葉が、正直グサッときた。
わかってるんだ。
あたしは、桜庭がいなくなったあの7年前から、心の時間が止まってしまっていること。
誰に優しくされても、誰に好きだと言われても。
いつも桜庭のことを考えてしまう。
もう、とっくの昔にあたしの前からいなくなってしまって、それっきりなのに。
それでも考えてしまうんだ、桜庭のことを。
自分でもどうしていいかわからないんだ。
もうすぐ25歳になるっていうのに。
あたし、まだ誰ともキスしたこともない。
誰の気持ちも受け入れられないんだ。
「有理絵。あたしって、バカみたいかな……」
初めて本気で好きになった、たった数日だけの恋人を。
7年も前に音信不通になって、それっきりになってしまったその相手を。
いまだに、好きだなんてーーーーー。
うつむくあたしの手を、有理絵が優しく握った。
「バカみたいなんかじゃない。あたしは、ひかるのそういう一途で真っ直ぐなところが大好きだよ」
有理絵の笑顔。
「あたしだけじゃないよ。きっとみんなもそう思ってるハズ」
う……。
なんか、嬉しくて泣けてきた。
「有理絵ぇー」
あたしは涙目で有理絵に抱きついた。
「ひかるはさ、めちゃめちゃカワイくてモテモテなんだからもったいないよ。告白だって何回もされて、プロポーズしてくる人までいたじゃん。昔は女の子ばっかにモテてたのに、今はちゃんと男にモテてるじゃない」
「……ちょっと笑ってないか?有理絵」
「あ、バレた?だって、なんかあの熱烈に女の子に好かれてたすごい時代のひかるを思い出しちゃって」
う。
確かにあったな、そんな苦い過去が……。
まぁ、そんな時代もあったということで。
よしとしよう。
「でも。そんなことがあったからこそ、ひかると桜庭が仲良くなったってのもあるから。そんな過去にも感謝かもね」
「だな」
あたしも笑顔でうなずいた。
「だけどさ……」
有理絵がゆっくりと口を開いた。
「やっぱり、もう昔のこと。過去の想い出なんだよ。女の子達のことも、桜庭のことも、全部ーーー。誰も桜庭の連絡先も知らないし……。この先、会うこともたぶんないんだと思う。ちょっとキツイこと言ってるかもしれないけど。……大谷くんもさ、ひかるに会ってきっと桜庭のこと思い出したと思う。考えたと思う。でも、あえてなにも言わなかったんだと思う。きっと、ひかるがまだ心のどこかで桜庭を想ってること、わかってたからーーー」
さっき、地下鉄で会った大谷の顔を、あたしは思い出していた。
大谷は、桜庭のことには一切触れなかった。
あたしが『バンドのみんなも元気?』って聞いても。
『ああ』
って、ひと言。
静かにほほ笑んで、それ以上なにも言わなかった。
さりげなく違う話題をふってくれたことも、あたしはわかっていた。
卒業する時、大谷はあたしに言ってくれたんだ。
『バンドは解散しない。続ける。いつか桜庭が戻ってくるのをオレら待ってるから。アイツの居場所はずっとここにある。〝from here〟は5人だ』
ーーーって。
あれから7年。
久々に再会したあたし達。
お互いの口から桜庭の話題は出てこなかった。
だけど。
あたしは、大谷に会えてすごく……すごく嬉しかった。
懐かしくて、嬉しかったーーー。
それだけ時間も流れ。
あたし達も大人になったんだなぁ……って思った。
有理絵が静かにあたしの手を取った。
「だから。ゆっくりでいいから。少しずつでいから。新しい恋をしてみよう……って気持ちを持って進んでいこうよ。ひかるのこと、ホントに好きで大切にしてくれる人がきっといるから。ひかるも心を開いて周りを見てみれば、いいなぁ、好きだなぁって思える人がきっと現れるから」
心を開いてーーーー。
「……そうだね」
あたしはゆっくり顔を上げた。
「あたし……。がんばってみる。もうちょっと心のガードゆるめて、気楽にいってみるよ」
「そう、それ!その意気よ、ひかる!」
そうだよね。
このまま一生、桜庭との想い出だけを胸に生きていくのは間違ってるのかもしれない。
きっと桜庭も……元気に笑って過ごしてるあたしでいてほしいって、思ってくれてるような気がする。
ねぇ、桜庭。
桜庭は、どんな未来を描いているの?
あたしの知らないところで、元気に自分の道を歩いているの?
今でも、ギター弾いてるの?
もう、誰か別の人と……ステキな恋、してたりするの?
そんなことを考えて、胸がギュッと苦しくなったけど、あたしは心の中で大きくうなずいた。
あれから7年経つんだもんね。
そろそろ……心の時計の針を動かしてもいい頃なのかもしれない。
動かさないといけないのかもしれない。
流れた月日の大きさと共に、いろんなことが変わったことを受け止めて。
あたし自身も変わっていかないとダメなんだよね。
中身だけ立ち止まったままなんて……ダメなんだよね。
そんなの、桜庭も望んでないよね。
桜庭。
あたし、少しずつ心を開いてがんばってみるよ。
桜庭もきっとどこかでがんばってるんだよね。
あたしもゆっくりだけど、ちゃんと心の目も前を向いて歩いていくよ。
そのことが、今のあたしにはとても大切なことなのかもしれない。
あたしはもう一度、心の中で大きくうなずいた。
もうすぐ25歳になるあたし。
今夜、有理絵の家でカレーを食べながら、ちょっとだけ心の変化。
あたしの中で止まっていた心の時計が、少しずつ、ゆっくりと。
動き出したような気がしたーーーー。
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