女神の伝説は騎士の不運か幸運か2

 盾が壊れる速度を確かめ、俺は矢筒の中身を手で探った。

 魔術は固有魔法マギクと違い、魔力と設定でできている。精霊に呼びかけ力を貸してもらうのは属性をつけるだけで、あとは魔力で作った設定によって多種多様に変化する。


 俺が使った魔術も、敵が使った魔術も魔力の塊であり設定だ。

 設定した動作が終わった魔術、設定が壊れてしまった魔術は魔力に戻る。


 自然に溶けきる前ならば、再利用も不可能ではない。 


炎よ集えコレクト


 今度は矢をつがえず、辺りに広がる炎に目を向け唱える。


 すると今まで矢じりに集い、敵を離脱させては辺りを燃やしていた炎がまるで生き物のように動き出した。


 俺が放った炎や敵の放った炎、木箱を燃やし始めた炎、家屋に飛び火し黒い煙を出す炎……ここはただの仮想空間ではない。位相をずらした上で作られた人のいない街だ。燃えるものはそこらかしこにある。


 様々なものを燃やし広がった炎がたった一言に従いうごめく。


「攻撃魔術っ? そんな昨年の戦女神の闘争アドーレア・ストラグルでは使ってなかった……!」


 近くにいる連中は炎の動きに大きく後退する。

 一年あったのだ。攻撃魔術の一つや二つ、高望みをしなければ使えるようになる。驚くほどのことではない。


 だが、一年しかなかった。魔術を攻撃手段にしている奴らは何気なく余った魔力を使うけれど俺には少ししか使えない。一年はとても短かった。


炎よ集いて踊れコレート・リヴォ


 ただ、見える範囲にある炎を意味ありそうにわずかに動かすこと、ごくごく一部の炎を設定通りに動かすことはできる。


 近接の連中を驚かし焦がすならこのくらいで十分だ。


「うまく騙されてくれ」


 小さく願うと同時に炎が蛇のようにぐるぐる渦を巻き、火の粉を撒き散らす。ハッタリとしては上々だ。

 俺はついでにニヤリと笑って見せた。


燃やし尽くせバーナート


 笑ったのが見えたのか、蛇になった炎に合図を送るより先に連中は逃げ出す。

 この程度でアルネアと結婚しようとは笑ってしまう。


 連中を追いかけられる炎の蛇を見送って、駆け出す。近くの連中は追い払ったが弓の射程距離外から攻撃してくる連中には近寄らないことにはどうにもならない。


「この場はこれでいいとして。結局、地道にやるしか手がないんだよなぁ。俺一人だと」


 俺は強くない。


 攻撃魔術はかじった程度だし、幼い頃から触り続けている弓は手に馴染むがそれだけだ。名手とはいいがたい。


 補助魔術は自分を助けるにはいいが他人に使っても微々たる助けにしかならないし、固有魔法マギクも盾を出すだけだ。


 考えて悩んで色々手を出して……考え方を変えた。

 俺自身が強くないのなら、強い何かを借りればいい。強い何かが借りられないなら、強い何かであると思い込ませればいい。


 その結果昨年はアルネアに頼りすぎた。だから今年は自分を大きく見せることにしたのだ。


並べシールド


 手を突き出すと瞬時に透明で小さい盾がいくつも並ぶ。今度は比較的安全な狭い道に屋根を作った。これで攻撃魔術や飛び道具は当たらなくなる。


「待って良かった。流石にあれだけバカスカ使っていれば魔力も道具も続かない」


 攻撃魔術は魔力切れで使えなくなるし、道具も無限ではない。かなり攻撃は弱まっていた。おかげで俺は楽に走って行ける。


 しかし遠距離攻撃が切れるのを待っているのは俺だけではない。

 上手くいって足が勝手に踊り出しそうな状況で、俺を待っていた人がいた。


 走って数十秒、家屋の上や陰に隠れて弓を射ていた敵をなぎ倒し、その人は俺を見つけると口端をあげる。


「イグジス」


 結婚相手の座を勝手に争奪されているアルネアだ。

 彼女は短刀を持つ男子生徒の首根っこを掴んで家屋の外へと出しているところだった。

 

「その……争奪される人が参加するのは、どう……」


 彼女の性格を想えばあり得たことだ。

 俺は足を止め、家屋の陰に隠れる。妙に恥ずかしい気分になったからだ。


「私のことだ。私が決めないでどうする」


「確かにそうだろうけど」


 ひと昔前ではない。貴族の娘も恋愛を自由に謳歌し、自分の意志で夫を選ぶ。その一方で古い家はまだまだ男中心だ。黙って親に従う娘も多い。


 アルネアの場合かなり変わった理由で自ら旦那様を選べる貴族子女だ。勝ったやつがアルネアの暫定婚約者となる勝ち抜き戦に参加していてもおかしくない。


 ただし、アルネアの暫定婚約者とか不当なものを排除して、気持ちよく相棒を引き受けてもらおう。ついでにライバルも蹴散らしておこうとか下心満載な俺はかなり恥ずかしく、ちょっと困る。


 アルネアが俺より明らかに強いからだ。


「私は結婚するなら誰とはいわないが、これという奴がいるのでな。力になろうと思って」


 首根っこを掴んで引きずってきた男の腹に一発斧槍を落として、男を離脱させるとアルネアは俺の数歩手前で足を止めた。


 アルネアを敵に回したらこうなるんだろうなぁ。未来予想図が悲しい。


「自分が勝ち抜く方向では?」


「ふふ。勝ち抜いてもかまわないが、そうなるとこれという奴も倒してしまうから」


 もし万が一、昨年と変わらぬ想いがアルネアにあり、さらに『やぶさかではない』が嘘ではないのなら、これという奴は俺だ。


「立つ瀬ない、というやつでは……?」


 婚約者になろうと思って参加したのでなく、強制参加だった。けれどアルネアには並々ならぬ想いがあり……好きな人にはやはり格好をつけたいではないか。


 ここまで来た情けない状況に加え、好きな人に少しも本当に微塵みじんも格好がつかない。手伝ってくれるのか、ありがとう! と喜びながら物陰から出ていける図太い精神は持ち合わせていなかった。


「将来の旦那様を殴り倒してしまうのは、奥様として立つ瀬がないのでは?」


 むしろ殴り飛ばしてもらえたら、かき集めないと見つけられない矜持も、どうぞと差し出し尻にでも敷いてもらったものを。


 顔を片手でおおい、家屋の陰から出た俺は身を固めてぼそぼそとアルネアに進言した。


「そうなるとその……殴るときは手加減してやってください」


「ふふ。大丈夫だ。そうはなるまい。私の方が火力があるというだけで、これという奴のほうが小賢しい。なぁ、旦那様」


 ちらりと見たアルネアの笑顔といったら眩しすぎて頭を下げたくなる。

 すごく推されているしちらっと見ただけなのに薄青の目と目が合う。けれど、旦那様って俺じゃあないよなととぼけたくて仕方ない。


「褒めてない……!」


 小賢しいなんて褒めことばがあってたまるか。

 膝をつきたくなるのを何とかこらえ、頭を振る。攻撃は少なくなったが、未だ争奪戦のさなかだ。


「そうか。なら、そうだな」


 俺の盾を抜けてきた矢を銀の髪を乱すことなくアルネアが斧槍で叩き落とし、矢が来た方に向かい俺が矢を放つ。悲鳴が聞こえたのでおそらく仮想空間フィールドから離脱してくれただろう。


「旦那様は誰より私をうまく使える……というのはどうだ?」


 アルネアは強い信頼で結ばれた部下か従者なのではないか。

 最高にかっこいい元相棒を前に、頼もしいやら嬉しいやら情けないやらよくわからない気持ちに襲われる。


 だが元相棒が……相棒がいうのなら、使ってやろうじゃないか。

 息を大きく吸い、ゆっくりと吐く。


 覚悟は決まった。


「部下か従者にいわれているように感じるんだけど、アルネアさん」


 からかうように文句をいうと、アルネアが小さく笑う。本当によく笑うようになった。相棒の良い変化に口元が緩む。


「私としてはもっと違うものがいいのだが。そうだな、気軽に奥さんと呼んでくれて構わない」


「なら気軽に旦那さんって呼んでいいのでは? 敬称いらないくらいでは?」


 冗談でなければいえないことがさらさらと口から滑っていく。


 口を滑らせたついでに足も滑らせ物陰からそろそろ出ていくと、アルネアは楽しそうに笑っていた。


「そうか、それならイグジスと呼ぼうか」


 彼女はいたずらに成功した子供のようであり、やっと目のあった俺に嬉しそうでもある。


「いつも通りだな」


「そうかもしれない」


 実に一年少しぶりのいつも通りだ。俺も嬉しくなって顔が緩んだ。


「ならいつも通り、ちょっとだけ頑張るとするか」


 頑張るには現状を把握する必要がある。俺はここに来るまでの風景を思い浮かべ、頭の中に地図を描く。


 今回使っている仮想空間フィールドは街外れはあっても、街道や森はない。街の周辺のみをくりぬいたような仮想空間フィールドだ。


 現在地は住居密集地帯で、周りの敵はアルネアがすべて撃退している。


 遠くからは少なくなったが攻撃魔術が飛んできており、他の近接武器の連中もどこかに隠れているはずだ。


「といっても、そんなに厳しい状況じゃない」


 果たし状を叩きつけてきた連中を思い出し、俺は頭の中に描いた地図に敵がいそうな場所を印していく。


 果たし状を叩きつけられる相手は選んでおいたから、俺の予想はきっと当たっている。


「そうなのか? でも、私をうまく使ってくれるのだろう?」


「おう、任せろ」


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