女神の伝説は騎士の不運か幸運か1

 女神アドーレアはいい寄ってきた創世神に斧槍を投げつけて撃退した戦の神だ。戦神としての戦績や逸話も華々しい女神であるのだが、彼女の名前をきいたらまず創世神を追い払った話が出る。


 それと同じように華々しい活躍と成績の持ち主、アルネア・ルーフィットにも真っ先に挙げられる伝説があった。


 アルネア・ルーフィット、バディ争奪戦だ。


 最終的に彼女の投げつけた斧槍を俺の固有魔法マギクが防ぐという形で終わった、くしくも神話に似たちょっとした騒動エピソードである。


 おかげで申し訳なくも嬉しくありがたい次の約束まで取り付けたのだから、過去の俺をよくやったと褒めてもいい。


 しかしながら敵に攻撃され頭を抱えている現状を思うと、情けなさで地中深くうもれたくなる。


「なんでだ……」


 アルネアとの約束を守れなかったこと、なんとか得た賞金とおまけの騎士位では貧困を抜け出せなかったこと、ほとんど昨年と変わらぬ状態なのにアルネアに頼っていること。その他もろもろ大盤振る舞いで不幸が襲ってきたこと。


 理由は自分でもよくわかっていた。


「なんでなんだ……」


 それでも頭を抱えてもう一度こぼす。


 何度やるせない気分を吐き出してもすっきりしないし、ガンガン叩きこまれる魔術や飛び道具は止まらない。


 俺は魔術でできた仮想空間フィールド内にある市街地の一角で、頃合い、建物の陰に身を潜めじっと待つ。


 放課後に貸し切りされた仮想空間フィールドは、俺にとって不幸の嵐だった。

 不幸の原因は半分くらい自分のせいなので誰かに文句もいえない。


 こうなることは彼女にお願いに行った時から気づいていた。果たし状や手袋を投げられ、ひと騒動やらかしそうだな不幸の真っただ中におちるだろうと。


 だがアルネアの相棒争奪戦ではなく、暫定婚約者争奪戦になるとは思いもしなかった。


 最初はアルネアの相棒に俺が収まるなんて図々しいとかどの面下げてとか、予想できる反応つきの噂からだ。


 俺が……イグジス・フレイビィがまたアルネアに相棒になってくれと頼んで、結婚を申し込みに来たと勘違いされた。何様だ。身の程知らずにもほどがある。ちゃんとあの日の出来事を罵る内容だった。


 けれど噂というのは広がれば広がるほどおかしくなるものだ。

 俺に果たし状を叩きつけて生き残り戦で勝利すればアルネアの婚約者になれるなんて、とんでもない噂になってしまうものである。


 果たし状を叩きつけられながら、ある程度予想していた俺も思ったものだ。寄り道した挙句妄想を発揮、後方宙返りを華麗にきめて何故か斜め前へとすすんでしまったと。


「噂だけなら果たし状に気を付けるだけでよかったものを……なんだ、騎士の名誉を守れって……!」


 たとえどんな的外れな噂でも、むしろ的外れでおかしな噂だからこそ、広く伝わってしまうものだ。

学内の噂話に疎い人間が知っているなど序の口で俺の仕事先の上司まで知っていた。


 そこまでくるとアルネアは人気も女神級だなと笑って誤魔化すしかない。


「面白がって参加者募るってなんだ、俺の純情と経済状況となけなしの矜持を弄びやがって……!」


 から笑いを浮かべる俺にアルネアの兄でもある上司は『よし、じゃあ、一応君も騎士だ! 騎士の名誉と乙女の純情を守るため、もとい面白いからここはひとつ旧友に頼んでアルネア争奪戦を開催しよう』といった。


 アルネアの意思を聞いてくれと文句をいうと『うちの妹君は君ならやぶさかじゃないんだろう? 君が頑張りたまえ。だいたい争奪戦とはいったが嫁に出すとはいってない。アルネアを当家から奪うなら、アルネア本人と僕と親父殿と母上様を倒してくれないと。まぁ一応勝ち抜いたなら暫定ってことでもいいけど』などといったことを、俺は絶対一生忘れない。


「俺だってこんな情けない状態でなかったら、プロポーズの一つや二つ……友達からお願いしますってやつだが!」


 冗談でも求婚だのやぶさかではないだの……昨年の戦女神の闘争アドーレア・ストラグルから俺だってアルネアが好きだ。諸事情がなければ好きです結婚してください、いや恋人……友達でもいいのでなんていっていただろう。


 なんかいい雰囲気だった頃もあったので自惚れでなければあちらも好きなのではと思うものの、俺が情けないばかりに好きという機会も見失っている。


 せめて五位入賞賞金ついでについてきた騎士位を使って、うまいこと仕事が取れたらよかった。だが面倒な上司ができただけで仕事を干されている親父と同じくらいまたはそれ以下の給料しかもらえてない。どうしてそれでプロポーズができるのか。


 うちは一応貴族であるが名ばかりで食うに必死の現状をかんがみると、どうしてもできない。


 うだうだしている間にも魔術と飛び道具は俺に投げつけられ、ついには接近戦をしかけようと走ってくる奴らも見え始めた。


 遠距離攻撃を仕掛けてくる奴らはそのままにしておけば魔力切れや道具切れをおこしてくれるからいい。けれど接近戦に持ち込まれたら遠距離攻撃をするか防御くらいしかできない俺には不利だ。


 いろんな決断が遅れている間に、さらに情けない状況へと追い込まれている。

 俺は頭を抱えるのをやめた。 


「恋人ってだけならまだいいけど、相手も貴族の娘さんでしかも高位貴族ときたら……愛を前に関係ないが通るかよ! 幸せも身分もある程度金で買えるんだぞ?」


 両想いでなければ愛云々は関係なく独りよがりに終わるが、八つ当たり気味に吐き捨て、俺は弓を持って建物の陰から躍り出て叫ぶ。


シールド展開!」


 情けない情けないと項垂れていてもどうにもならない。とにかく上司のいう通り惚れた女の隣に居られなくとも、不当な暫定婚約者だけは退ける。硬い決心と共に俺は矢をつがえた。


 躍り出てまず目に飛び込んできたのは魔術だ。四大元素、土、水、火、風の攻撃魔術が、固有魔法マギクシールドを壊しては消え、壊しては消えを繰り返す。


 固有魔法マギクは十歳から十七歳までの間に誰もが発現させる魔法で、俺が発現したのはシールドという魔法の盾を作る固有魔法マギクだ。魔力を込めれば込めるほど盾が強くなり、盾の大きさや数も自ら操作できる。


 今は盾をいくつも作り広範囲に展開し、重ね増やすことで魔術の威力を低減し相殺していた。硬い盾を作ってもいいのだが、そうすると敵の攻撃方法が変わってしまう。


「去年の俺と同じだと思うなよ……!」


 去年は盾を硬くして大きくし、戦術を練ることしかできなかった。


 今年は使える魔術と戦術が増え、昨年より固有魔法マギクの強化に努めている。五位入賞と中途半端ながら手の内を見せてしまっている状態で、昨年通りで上位入賞を狙えるわけがない。


炎よ集えコレクト


 力あることばを口にすると矢じりに炎が集まる。火の属性付与魔術が矢じりに付与されたのだ。

 俺は矢をつがえたまま機を待つ。


 昨年粘って敵を倒していた俺を知っているからか早めに片を付けようと、敵は躍起になっていた。俺が待っているとは知らないで魔術や飛び道具を休まずぶつけてくる。


 おかげで視界はすこぶる悪い。敵側も俺がうまく確認できないことだろう。


 俺に力押しで勝ちたいわけで敵にとって視界など二の次三の次である。俺が仮想空間フィールドからいなくなったと確認できればいいのだから、視界が悪くてもいいのだ。


 接近戦をしかけようとしている連中の足が遅いのもそのせいである。


「俺一人をまず倒したいなら力押しするにしても、もう少し協力しろよ。せっかくの市街地だぞ」


 つぶやき、盾を操作し一瞬隙間を作った。

 複数の盾や攻撃の隙間を縫うようにして飛び、矢は接近していた敵の一人の頭に当たる。俺の攻撃は飛んでくる魔術や飛び道具のせいで非常に見えづらい。防ぎ損なったのだろう。


 頭に矢が当たった敵の姿が揺らぎ、消えた。


 ここは魔術で作られた仮想空間フィールド内だ。致命傷を負わせる前に敵を仮想空間フィールド外へと吐き出す。


 模擬戦などに使われている仮想空間フィールドは場をずらし作り上げた空間で、大怪我をおう前に元の空間に人を戻すように魔術を設定しているそうだ。


 おかげで敵も俺も容赦なく攻撃し放題である。


炎よ集えコレクト


 今度は矢をつがえるとすぐに魔術を付与し、矢を放つ。


 一度攻撃が見つかれば飛び道具の優位性は下がる。攻撃している人間がどこにいるかわかるからだ。攻撃を防ぎやすくなるし、こちらを狙うのも簡単になる。


 少しでもこちらの攻撃を食らわせるにはどうすればいいか。

 攻撃位置をずらす……移動すればいいのだ。


 あらかじめ広い範囲に盾を作ることでできた安全地帯のおかげで、俺は攻撃魔法を一発も食らうことなく走りいくつか矢を射た。

 また一人、仮想空間フィールドから敵が消える。実に地道な撃退法だ。


 俺にはこれといった強い力がない。

 だから昨年は粘って勝ち進んだし、アルネアの圧倒的な攻撃力に頼っていたのだ。


 それだけでは勝てないから五位入賞なわけだが。


炎よ集えコレクト


 なおも同じことを続け、俺は攻撃魔法や飛び道具がやってくる位置を確認する。


「遠いな……けど、そろそろ」

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