書かれているのは、著者の“今まで生きてきた中”のこと。
海外に滞在したときの話。
日本の旅行の話。
商売をしてみたことの話。
映画の話。
日常の話。
家族の話──。
どの話も、自らの思い出でありながら、少し距離を取ったような落ち着きを以て書かれています。
そしてそれが、とても読むのに心地が良いです。
「少し距離を取ったような落ち着き」と書きましたが、同時に思い出(それがどんな感情のものであっても)をとても大切に手のひらに包み込んでいるような温かさも感じられます。
淡々と描かれる情景は細かく描写されているわけでもないのに、不思議と風景が頭に浮かびます。
言葉の選択のセンスの良さが素晴らしいと感じました。
エッセイを読むのが好きという方には、ぜひ読んでいただきたい作品です。
落ちついた穏やかな語り口が心地よく、読み手の心にすっと入ってくる回想録です。
筆者が体験してきた人生、その時の思い。大切なもの。切ない記憶。
きれいな言葉で胡麻化すこともなく、かといってけっして毒吐きでもなく、小難しいうんちくでもなく、ただ淡々と思い出が語られているだけなのに、ひとつのお話を読み終えるたびに何とも言えないじんわりとした余韻が残ります。
それはおそらく、ただただ筆者の心に正直なところを、読者に媚びず、ご自身を飾らずに綴ってあるからでしょう。
人生はポジティブとかネガティブとか簡単に色分けできるものではなく、夕暮れ時のように微妙な色が混ざり合ってできているもの。そんな風に思えます。
日々の暮らしの中、心がささくれ立つときに、そっと宥めてくれる清涼剤のような読み心地がします。ぜひ本棚に並べていただきたい極上のエッセイです。