d.無人駅

 駅は森閑としていた。

 何の気配もなく、ただ風だけが時折、吹き抜けていった。


 あなたはベンチに座って次の電車が来るのを待っている。


 退屈だった。携帯電話は充電切れだったし、手頃な文庫本等も持ち合わせていないかった。だから、ぼんやりとプラットホームの風景を眺めていた。ひどく退屈だった。


 枯葉がいくつか、風に乗ってあなたの前を通り過ぎていった。冬の陽射しは眩しかった。


 向かい側のホームに1人、制服姿の少女が立ったまま本を読んでいるのに気がついた。タイトルは見えない。紅い表紙の本だった。少女は熱心に読み耽っていた。あなたはそこに静謐なものを感じた。一編の詩が立っているようだなとあなたは感心した。


 少女はおそらくあなたの存在に気づいていないだろう。電車がホームにすべり込んできたら、あなたに気づくことなく乗車して、そのまま紅い表紙の本を読み続けて去っていく。自分の佇まいが、向かい側のホームにいる他者を感傷的にさせたことなど思いもよらずに。


 駅は森閑としていた。

 何の気配もなく、ただ風だけが時折、吹き抜けていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る