賢いダイアナ


 ダイアナさんは走ります。

 なにせ人生がかかっているのですから、いつもの能天気はどこへやら……

 ダイアナさんは、

「考えるのよ、ダイアナ、ここはどこまでも見渡せる草原、でも幸い今は夜、伏せるのよ、伏せて静かに進むのよ」


 シルビアさんが聞けば、喜びそうなダイアナさんの言葉ですね。

 エラムの二つの月が頭上にはあるが、草の背はそれなりにあります。


「ダイアナ、もっと草に隠れなくては……」


 泥に埋もれ、草を噛み、ひたすらダイアナさんは逃げ続けました。

 人攫い共の声が間近に聞こえたが、ダイアナさんはピクリとも動かずにやり過ごしたのです。


「まだよ、ダイアナ、まだ動いてはいけないわ……」


 判断は正しかったようです。

 人攫いの一団が通りすぎて、しばらく経つと頭目がやってきました。

 弓を持った部下を従えています。

 彼らはダイアナさんの方へ歩いてきます……


 そこへ、先行していた部下たちが戻ってきました。

 彼らの低い、ヒソヒソ声がはっきりと聞こえます。


 人攫いの部下が、

「頭(かしら)、この先に川があり、女が一人、居ますが……」

「ダイアナか?」と頭。


 部下が、

「いえ、あんな大女ではありません、もっと小柄でした、それにドエライ別嬪で」

「おいしい獲物ということだな」と頭。


 部下が、

「あれなら高く売れるのはまちがいなし、でも……」


「分かった、皆で頂いてから売り飛ばすとするか」と頭。

「話が判る、頭(かしら)」と部下。


 頭が、

「そのためにも、ダイアナはなんとしても見つけろ」

「こうなったら殺してもいい、なんせ顔を見られているのでな」


 部下が、

「なら、いい考えがありますぜ、この草っぱらに火をつけるんで、最も風上に回らなければなりませんがね」


 頭が、

「そりゃあいい、そのどさくさにドエライ別嬪とやらをいただくか、うまく行けば、ダイアナも生けどりに出来るかもしれんしな」


 部下が、

「すぐに始めませんか、いまならこちらが風上、風は前に向かっていますぜ」

「前方の川は、どんな川か?」と頭。

「流れが急でとても渡れませんって」と部下。


 頭が、

「ドエライ別嬪は逃げられんわけだな、しかし黒焦げになってはまずいか……」


 部下が、

「それがうまい具合に、女が野宿しているところは、川が湾曲して、丁度池のようになっているようで、まずその池に逃げ込むはず、しかし後ろは急流、前はあっしらが囲んで……」


 そんな話が聞こえます。


「いけないわ、なんとかしなくっちゃ……」

 ダイアナさん、そうは思いましたが、どうすればいいのかわかりません。

 とにかくダイアナさんは、連中の後ろからついて行きました。


 月明かりが女を薄く照らしています、夜目にも鮮やかなその女の美貌……

 ダイアナさんは胸がドキンとなりました。


「綺麗……」

 ダイアナさんの能天気は、筋金入りかもしれません。

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