異世界逃亡劇 ~Parallel world~

静寂に支配された城の中を、私はゆっくりと歩く。

辺りに転がるのは、宮廷魔術師や護衛兵士たちの死体。


手を下したのは、もちろん私だ。

この私を前にしては、いかに手練れの兵士や魔術師といえど烏合の衆にすぎない。どいつもこいつも片手で蹴散らしてやった。


さて、ほぼ無人となった城の中。私はある部屋の前で足を止めた。

足音も隠さず入室し、大きな衣装庫クローゼットの前に立つ。

重厚な樫の扉。その奥に獲物が隠れていることを、私は知っている。


「そこに隠れているのは分かっていますよ、メタリカ皇女」

「くっ!」

私が言うと、衣装庫クローゼットの扉が内側から開け放たれ、中に隠れていた少女が飛び出してきた。

すぐさま横に跳び、メタリカ皇女は私から少しでも距離を取ろうとする。

「どこに隠れても無駄ですよ」

血走った目でこちらを睨みつけてくる少女に、私は猫なで声で言った。

何人なんびとであろうとも、この私の探知能力から逃れることはできない。優れた魔術師であるあなたは、よくご存じのはずでしょう」

「……絶対追跡魔人・チェイサード……!!」

メタリカ皇女は、憎々しげに私の名前を呼んだ。

そう。私は一度召喚されたが最後、世界最高の追尾能力をもって目標ターゲットを仕留めるという暗殺魔人だ。

そして私の今回の獲物こそ、この魔術王国の皇帝の一人娘であり、王国最高の魔術師でもある目の前の少女――メタリカ皇女というわけである。

「どこに逃げようが、私の嗅覚からは逃れられない。あなたが様々な魔術を使えようとも関係ない。私の追尾能力はこの世の理を超えているのです……」


だが、私の言葉を無視し、メタリカ皇女は部屋から逃げ出していた。


やれやれ。私に狙われた者は、いつもこうだ。どこまで逃げても無駄だというのに。

私はゆっくりとメタリカ皇女の後を追って城を出た。



城下町に降りた私は、一直線に南西方面へと向かった。

日の暮れかけた夕刻。その大きな酒場は、酔漢どもでやんややんやと賑わっていた。

「お兄さん、ぶどう酒は要らんかね」

「あいにく私は、人間のように飲み食いする存在ではないものでね」

気の良さそうな女主人に手を振りながら歩き、酒場の片隅で静かに麦酒を傾けている髭面の男の傍に立つ。

「おっ、なんだ兄ちゃん。奢ってくれるのかい?」

太った中年の男は、とろんとした目で私を見上げる。

なるほど、なかなかの演技派だ。

だが、私の嗅覚は誤魔化せない。

「未成年の飲酒はいけませんよ、メタリカ皇女」

「くっ!」

髭面の男はたちまち姿を変え、見目麗しい正体を現した。

「変身魔法ですか。たしかに見事だが、私の鼻は騙せない。今までには馬や蛙に化けて私から逃れようとした者もいましたが、そろって時間の無駄でしたよ」

「さすがは追跡魔人ね。でも、これならどうかしら!」

そう言ったメタリカ皇女は、何やら呪文を唱える。

次の瞬間には、皇女の姿が目の前から掻き消えている。


私は夕闇を見上げ、くんと鼻を動かす。

「なるほど、そうきましたか。まあ、無駄ですけれどね」



次の日。私は、極北大陸の山奥に踏み入った。

「グオオッ!!」

餓えた雪熊ホワイトベアが私に喰いついてくる。

「身の程を知れ、けだものが」

私が腕を一振りすると、大熊の身体は悲鳴をあげて爆ぜた。

そのまま歩き続けた私は、白銀の雪山にひっそりと建つ、ぼろぼろの小屋を訪れる。

「お邪魔しますよ、メタリカ皇女」

「えっ! どうしてここが!!」

私の姿を認めたメタリカ皇女は驚いて叫ぶ。

「転移魔法も無駄ですよ。私の嗅覚は、この世界において無限大なのです」

「で、でも。お城からこの大陸までは、どうやって船を乗り継いでも一週間はかかるのに……」

「魔人の速度を舐めないでください。海など、少し大きい水たまりも同然です」

私は余裕の笑みを浮かべた。

「さあ、観念しなさいメタリカ皇女。言っておきますが、たとえ星の裏側に転移しようが無駄ですよ。今日は散歩がてらにゆっくり来ましたが、追跡魔人である私が本気を出せば、この星のどこであろうが半日で辿り着けます」

「くっ! こうなったら……今いるみんなと会えなくなるのは悲しいけれど……」

ふたたび呪文を唱えた皇女は、またしても私の目の前から姿を消した。


私は青空を見上げ、くんと鼻を動かす。

「……なるほど。なかなかアジな真似をする。まあ、それでも無駄ですが」

私は目を閉じ、ゆっくりと眠りについた。



2500。目を覚ました私は、世界中央府のセントラル宇宙航行センターに向かった。


『アナタノ登録IDガ見当タリマセン。不正入国者ノ可能性アリ』

センターの入口で、銀色のロボット兵士が私を拘束しようとしてきた。

「失敬な機械人形オートマータだな。お前が発明される遥か昔からこの星に住んでいるよ」

腕を一振りすると、鋼鉄のロボットは粉々になった。

私は悠々とセンターを進み、フードコートでアイスを齧っている少女を見つける。

「おはようございます、メタリカ皇女。なかなかこの時代に馴染んでいるようだ」

「う、嘘でしょう!?」

私が目を覚ます前の基準からは大きくかけ離れている奇抜な服装をしたメタリカ皇女は、私の姿を見つけると愕然とした顔になった。

「時間転移魔法ですか。自分の時代を捨ててまで逃げるとは大したものだ。私から逃れるためにこれほどのことをした人間は、さすがに居ませんでしたよ。でも無駄ですがね」

「くうぅっ……!!」

「さあ、そろそろ終わりにしましょう。言っておきますが、さらに何千年の未来に跳ぼうが、どの星に逃げようが同じです。この世界のことわりそれ自体に干渉する私からは、絶対に逃げられませんよ」

「ま、まだ負けないわ」

メタリカ皇女は再び呪文を唱え始めた。

「あなたがこの世界の理に干渉できるのなら、その理自体も超えればいい!」

そう言った皇女の姿は、また私の目の前から掻き消える。


私は宇宙を見上げ、くんと鼻を動かす。

「……おお……これは……」

素晴らしい。素晴らしい発想だ。

なるほど。時間や場所ではなく、か。

常人では辿り着けない境地だ。

さすが、魔術の頂点を究めたと言われるメタリカ皇女。称賛に値する。


でも……無駄なのだがね。














































































































「そこにいるのは分かっていますよ、メタリカ皇女」

「ひぃっ!?」

後ろから声をかけると、皇女は悲鳴をあげた。


の隠蔽魔法。お見事です、皇女。あなたは本当によくやりました」

私はお世辞抜きで言った。

「こんな身の隠し方があったとは想像もしていなかった。相手が私でなければ、永遠に見つけられなかったでしょう。ですが、もう本当に終わりです。観念しなさい。この私から逃れられる方法は、たった一つ。あの世へ行くことだけなのですよ」

「うぅっ。ううぅぅぅ……。こ……こうなったら……」

メタリカ皇女は涙ぐみながらも、まだ私を睨みつけている。

「本当の……最後の手段。私が生きたこの世界は、本当に名残惜しいけれど……」

そう言いながら、また複雑な呪文を唱え始める。

「強がりはよしなさい。もう本当に、何をやっても私からは……」

しかし私が言い終える前に、皇女の姿は掻き消えた。


やれやれ、諦めの悪い小娘だ。まだ無駄なあがきをするか。

空白を見上げ、私はくんと鼻を動かす。




…………。

…………。

…………。

…………。




私は、唖然とした。



皇女の居場所が、分からない。



そんな馬鹿な。


私の嗅覚は絶対だ。


この世界のに逃げようが、に逃げようが、全ての理を超えて探知する私から逃れられるものはいない。


なのに、どうしてメタリカ皇女の居場所が……。






辺りを見回していた私は、遥か天を見上げた。


上へ。上へ。月も太陽も星々も銀河も超えて。

私は、天界よりも更なる高みへと視点を、


「……はははは」


を見つけた私は、思わず笑ってしまった。


メタリカ皇女よ。


そうきたか。


君は、私から逃れるために、やってしまったのか。


「ははははは!! はっはははははっ……!!!!!」


私は笑った。


空白の世界で、永遠に笑い続けた。



見事だよ、メタリカ皇女。


私の完敗だ。


世界ならどこであろうが追尾する私も、さすがにには行けない。


まったく。してやられたよ。



あの小娘……『』に逃げ込みやがった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る