背負う人
春風月葉
背負う人
重苦しい空気の中、葬儀場では多くの人々が涙を流していた。遺影を滲んだ瞳でぼぅっと眺めていた私もその一人だった。
それなりに長い付き合いである私の目から見ても、友人のMは変わっていたように思う彼は私達の前ではいつも重そうな荷を背負っており、その中には救急箱や非常食、他にも角灯や衣服などが詰まっていた。そして彼は私達の誰かが怪我をすれば救急箱を取り出し、腹を空かせれば食い物を取り出した。
あれはいつのことだっただろうか。そういった彼の行動はあまりに準備が良いので、私達は彼にどうしてその大きな荷を毎日背負っているのかと尋ねたことがあった。彼は私達の疑問に不安だからだと応えた。彼がいうにはいつ、どこで、なにが自分の身に起こるかわからないため、いつも、どこでも、なににでも対処できるように荷を背負っているらしい。私達はそんな彼を臆病だと笑った。起きてしまうことは仕方ないのだから、起きたそのときにどうこうすれば良いだろうと彼に言った。しかし、今思えば私達の身に起こったことをどうこうしていたのはいつだってMだったように思う。
実際、彼は本当にほとんどの時間、荷をその身から離すことがなかった。彼とは共に寝泊まりをすることもあった仲でだったが、風呂場にまで荷物を持って行ってしまったときには驚いた。友人の家で酒を飲んだときに疲れが出たらしく一足早く眠ることになったMが薬を飲んで布団に入った後に、友人らと彼のことだから眠るときもあの荷と一緒だろうと冗談のつもりで言っていたときは傑作だった。布団に向かうとMはあの荷を抱いて眠っていたのだが私達はそれが可笑しくてくすくすとしてしまったのをよく覚えている。
そんな彼であったから、私達は彼ならなにが起きても大丈夫だろうと思っていた。しかし、ほんの数週間前にその報せは来た。内容はMが死んだというものだった。交通事故で即死だったらしい。そのとき、私は命の軽さを知った。彼がどんなに重い荷を背負っていたとしても、彼の死は変わらなかっただろう。そうならないために背負い続けていたのに、どうして彼が死んでしまったのかと思うと悔しかった。
友人の一人が遺品であった彼の荷を葬儀の場に持って来ようとしたが、私はそれを止めた。私は彼にMはもう背負わなくても良いだろう、だからその荷はもう要らないと言った。
きっと彼は私達が思っていた以上に重いものを背負っていたのだと思う。私は自分の背に何か重いものが乗ったように感じた。おそらく他の友人らもそうだろう。私達は手を合わせ、別れを告げた。
人々は皆、何かを背負っている。彼はちゃんと荷を降ろせただろうか。空を見上げるとそこは眩しく青く、一筋の飛行機雲が見えなくなるほど遠くまで線を引いていた。
背負う人 春風月葉 @HarukazeTsukiha
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