第23幕 機械武者、大地に立つ


 狭い室内で、怪盗と忍者は睨み合う。

 マリウスは見るからに疲弊ひへいしていた。ボフリーの奇襲によるダメージもそうだが、電夢境に長くいすぎたのが大きい。

 一方、ボフリーは余裕綽々よゆうしゃくしゃく。マリウスが人質にしていた導力脳も今は手の中。


(ちょっと、不公平じゃありませんか? なんであいつは電夢境に長くいても平気なんです?)

(考えられる理由はひとつだよ零次君。奴は契約者を乗っ取り真の復活を果たした、オリジナル・ボフリーだからだ)


 ボフリーの右手がスパーク。

 それを目にした瞬間、マリウスは会議室を飛び出した。

 壁が爆ぜ、黒煙と肉の焦げる臭いがあたりに漂う。

 その中からボフリーがゆったりとした足取りで歩み出る。


「兄上は……袴田道場の人たちはどうしたのですか」

「ああ、彼らは実に強かった。だが知っての通り、僕には無敵の護りがある。無傷でおいとまさせてもらったよ」


 マリウスは廊下を駆ける。それをボフリーは歩いて追いかけた。


「そうだ、逃げろ逃げろ、生意気な坊や!」


 最初に突っ込んだオフィスにマリウスは駆け込んだ。

 無数の銃口が怪盗を出迎える。

 爆弾で吹き飛ばした、その倍以上の骸骨警備員たちが部屋につめかけ、怪盗を包囲していた。


 包囲の中心で怪盗は立ちすくむ。

 遅れて部屋に入ってきた赤い忍者は、気取った様子で片手を挙げた。


「さあ、言い残すことはあるかね」

「…………」

「少年、戦いの場に身を置く者なら、辞世の句の1つくらいは用意しておくものだよ?」

「そうですか。死ぬときまでに準備しておきましょう」

「君の死は、今、この時だ。――撃て」


 ボフリーは腕を振り下ろした。

 その合図で、骸骨警備員たちが一斉にトリガーを引く。

 無数の銃声がフロアを揺さぶるほどのハーモニーを奏でる。室内を白く染めるほどのマズルフラッシュ。

 そして放たれた幾万の銃弾が怪盗をズタズタに引き裂く――ことはなかった。


 なぜなら、ボフリーが号令を発した瞬間、銃口はすべて赤い忍者に向けられたのだから。


「さっき、このフロアのセキュリティはすべて掌握させてもらいました」


 ボフリーに対してすべての弾丸が撃ち尽くされたのち、硝煙が薄霧となって立ちこめるフロアに怪盗の声が流れた。


「この集中砲火の前では、いかに黄金の盾といえど」

「いやいや」


 赤い忍者の声。

 霧が晴れていくなか、怪盗は見た。

 目の前にそびえる黄金の壁を。


「僕の秘伝忍法によって生み出される合金の盾は、銃弾程度、束になったところでごうも揺るがない。巨大人型機動呪具マジンナリィ・フレンズのバルカン砲にも耐えたことがある。このボフリーを斃すと豪語するなら、戦車砲くらい持ってきてからにしてもらおうか!」

「…………!」


 無力感か、視界がぼやけた。マリウスは一瞬、平衡感覚を失う。


(もう時間が残ってないぞ、零次君。これ以上電夢境に留まると、君の脳が保たない)


「どうしたね、逃げを打つのが遅すぎるんじゃないか!」


 黄金の壁を飛び越え、ボフリーが強襲。


(逃げろ、零次君!)


 マリウスは窓に向かって疾走。入ってきたときの穴から外に踊り出る。

 ざっと70階といったところだろうか。生臭く湿った風がすれ違い、落下する怪盗のロングコートを激しくはためかせる。遥か眼下に小さく見えていた街並みがあっという間に迫ってきた。


 怪盗はサーペントシミターを壁に突き立てた。

 眼球でできたガラス窓に剣先は容易に突き刺さる。豆腐にナイフを入れるような手応えだったが、それでもわずかずつ、落下速度が低下していく。


 地表付近に辿り着く頃には、落下速度は着地するのに支障ないほどゆっくりになっていた。


「……ふう」


 高層ビル下部を取り巻くハイウェイ、人間の皮でできた路面と靴底が優しくキス。

 怪盗は深く息をついた。

 現実空間であれば死んでいただろう。


「安心するのはまだ早いよ、袴田君!」


 マリウスが飛び出てきた穴から黒い紐のようなものが飛び出す。

 巨体をくねらせ宙を泳いできたそれを一言で表現するなら、歪に膨らんだ頭部をもつ巨大な黒まむし

 生物とも機械ともつかない。金属的な光沢を放つ鱗のような装甲板はひとつひとつが有機的に動き、怪物のシルエットを不規則に変化させていた。


 瘤のような頭部の上には人影。

 赤い忍者が腕組みをして直立していた。


「君は知るまい? 市のデータベース、それも資格のある者のみが閲覧できる領域に記されていた、大昔の兵器だ。その名も『忌まわしき狩人』。さあ、こいつに貪り食われても、正気を保っていられるかな?」


 怪物が口を開く。頭部の大半を占める巨大な口は、怪盗をダース単位で呑み込めるほどだ。

 鋭い牙と牙の間に唾液が橋を作る。その奥には赤黒い舌が獲物への期待に踊っていた。

 いただきますを待ち焦がれる子供がナイフとスプーンで遊ぶように、口の両脇から伸びた昆虫の肢めいた器官が蠢く。


 『狩人』が怪盗に飛びかかろうとした、その時。

 巨大な鉄塊が、その横っ面を殴りつけた。


「うおおっ!?」


 『狩人』の巨体がハイウェイに叩きつけられる。質量に耐えきれず路面が崩壊。

 更にいくつもの道路を押し潰しながら、怪物は真っ逆さまに墜ちていく。


「なんだ……?」


 路面に飛び移って落下を免れたボフリーは、頭上を見上げる。


 そこにあったのは、鋼鉄の武者人形だった。

 背丈は6メートル程にもなろうか。

 漆黒に染めあげられた蛇鱗模様の大鎧。釣鐘を割ったような形状の大袖ショルダーシールド

 頭頂にはエアインテークのついた龍の角が後ろに向かって伸びる。

 目元を覆い隠す黒いバイザーの下、つるりとした白いかんばせにはリップがペイントされていた。


 だがなにより特徴的なのは腕だった。

 蛇腹関節状の両腕は人体を逸脱するほどに長い。

 指先を伸ばせばくるぶしのあたりまで届くほどだ。


 そういうマシンが、空間を歪めビルの壁面から歩み出てくる。


巨大人型機動呪具マジンナリィ・フレンズ……!」


 ボフリーは呻いた。

 かつてこの世界の主力兵器として運用された、思念操縦型の汎用機動兵器だ。

 その肩の上にはマリウスが立っていた。


「そうだ、旧世界の呪われし遺産、MF。銘を『94式X-1 清姫プルガレギナ』。あなたに追いやられたアンダー・ダンジョンで、ぼくはこれを見つけた。もちろん百年以上前の、それも整備もされず打ち棄てられていたような代物だ。まともに動く状態じゃない――現実空間なら」


 しかしここは電夢境だ。『忌まわしき狩人』もまたそうであるように、データがあるなら再現できる。


 地に横たわっていた『狩人』が再起動。

 漆黒蛇腕の武者人形の頭上に浮かび上がる。

 ボフリーはその頭部に飛び乗った。


「……なにがMFだ、清姫プルガレギナだ。『狩人』よりも古い時代のマシンじゃないか」


 『忌まわしき狩人』の顎関節がスライドし、口が1段階大きく開いた。


「なるほど、その巨人なら僕の『黄金の護り』を突破しえたかもしれないな。だがその足掻きも、虚しく潰える!」


 突進した『狩人』は、地面ごとMFを呑み込んだ。

 まさに一口。魚に食われるプランクトンほどの抵抗もできなかった。

 その勢いのまま『狩人』は上昇、空中で勝利の舞を踊る。


「ははははは! おしまいか? これで終わりかね、袴田君!」


 高笑するボフリー。

 だが、ふと地上に目を向けたとき、笑い声は止まった。


「馬鹿な……?」


 地上には、さっき呑み込んだはずの黒い武者巨人が立っていた。

 いつの間に抜いたのか、肩に懸架けんかしてあった太刀が右手に握られ、抜き身を晒している。

 猛烈に嫌な予感がボフリーを襲った。


 振り返る。

 彼の背後、『忌まわしき狩人』の胴は斜めに裂かれていた。滑らかな断面。『狩人』のAIは斬られたことに気づかなかったかもしれない。


「袴田流剣技、赤銅石破しゃくどうせきは


 『呪動三倍段』という言葉が、この世界にはある。

 思念で操作するMFにそれ以外の兵器で挑む場合、3倍以上の性能差が必要になる、という言葉だ。

 肉体という枷に縛られず、己が理想のままに振るわれた零次の剣は、ただの一太刀で『忌まわしき狩人』を両断していた。


 『狩人』が爆発。

 紅蓮の炎が赤い忍者を包み込んだ。

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